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文字数 1,186文字

「水曜にさ、田城先生のとこに行くんだけどさ」
 翌日の放課後になって、いつものように会議室に汰瀬にそう言った。
「は? 田城って、なんで?」
 驚かせるつもりは毛頭なかったが、あの教室に立ち寄るのは女子生徒ぐらいであるから無理はない。
「行くように言われて通ってんだけどさ、どうすれば通わなくて済むかなって思って」
「へぇ、なるほど」
 ノートに走らせていた田代のシャーペンを持った手の動きが緩くなる。明日に漢字の小テストがあるらしい。
「行きたくないことは言ったの?」
「通う意味無くないですか、とは言ったんだけどね。でもまあ通っている方が都合良いからっていう感じで」
「お前それで良いのかよ」
 汰瀬は半ば呆れたような声を溜息と共に漏らした。
「いつから行ってんの」
「半年くらい前」
「は? それじゃあこっちに越してからすぐじゃん」
 今まで言ってなかったからなぁ、と心中思う。親しい人間にほど相談室に通っていると言うのは難しいものなのだ。汰瀬にそれが解っているかは判らないが。
「転校してきたばっかりだからっていう加護だとしても、もう半年だろ?」
「そうなんだよな」
 彼の中での解釈が読み取れ、少し安堵する。
「というか、会議室の隣だよな? 今から訴えにでも行くか?」
「いやぁ、それこそ誰かいるでしょ。女子とか」
 突然、汰瀬が立ち上がったことで心拍数が上がり、全身の毛穴が緩むような気にさせられる。汰瀬は少し眉間に皺を寄せたかと思うと、表情筋を緩めた元の顔に戻った。
「碌がそれで良いんならそれで良いけどさ」
 彼らしからぬ言葉だった。こんなに、女々しさを感じる言い回しを彼からされた事がなかったからだ。弱々しいとかの侮蔑的な意味合いは介在しない、何か拗ねたような言い方が。
「そういや、昨日プール作業のやついなかっただろ」
 どう返答すべきか迷った挙句、汰瀬から話を振られた。
「寝坊したんだよ」
「うそつけ。サボりだろ」
「ずばり、そうなんだよね」
 笑いながら相槌を打つ以外に返答の仕様がない。どうも今日は汰瀬と話すのは難しいと感じる。いつもこんな感じだったかと思い返すが、靄がかかったようにあやふやで信用に足らない。
「米のとぎ汁を先週に持ってきてなかったんだよ。無いのに行くのも違うじゃん」
「それは先生に言えばいいじゃん」
「だって怠いし……」
 以前に俺が軍手を忘れたと申告したら、先生の表情が曇ったことがあった。ただでさえ虐められているのに、素行不良気味とは。へぇ。とでも言うような。先生も人間であるから、面倒事は多くない方が良いと考えるのだろう。
「先生も先生で面倒だってのは分かるけど、サボったらサボったとかで親を呼び出すからな」
「うあ、それはそうか」
 苦い思いをする以外にどうしようもなかった。だが、それでも悪いのは自分なのである。
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