第4話

文字数 2,899文字

 ここから先は想像がつくと思うが、またしても夢の通りになった。そして豊前さんを昼食に誘ったところである重要なことに気が付いた。誘った後の事までは夢で見てないのだ。如何せん同年代の女の子と2人きりで食事をしたことがない(親戚の叔母さんととかならあるけど)ものだからこういう時どういう話をすれば良いのやら。そんな僕を余所目にさっきから豊前さんは持参したお弁当を無言で、かつ上品に食べている。
「あの、豊前さん…」
 何はともあれ話しかけてみることにした。
「ん?何かしら?」
「女の子のお弁当ってもう少し小さいのかと思ってた。意外と食べるんだね。」
 何言ってんだ僕は…女子の前で食べる量の話は禁句だろ。
「ああこれ、途中で小腹が空いてお菓子とかを食べるよりはお昼とかにしっかり食べた方が健康的だと思って。それに私自身結構食べる方だし。小食の娘の方が好きかしら?」
「い、いや、そんなことないよ。俺は小食アピールしているのよりはがっつり食べている女の子の方が好感持てるよ。」
「ふうん、良かった。」
 しかし実際豊前さんの弁当箱は男子のそれと比較しても十分に大きかった。中に入っているおかずとかは女の子らしく可愛らしい物もあったが。
「良かったらこの卵焼き食べてみる?私が作ったの。」
 華やかなお弁当のおかずに目を奪われていると豊前さんが僕にお裾分けをくれた。目立った焦げ目もなく、形も整っていてとても美味しそうだ。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」
 さっそく豊前さんの卵焼きを口に運ぶ…その時の率直な感想を言うと、不味い…
「どう?お砂糖多めで結構甘めにしてみたけど、口に合うかしら?」
 だとしても砂糖の分量おかしくないですかね…おせち料理の伊達巻でもここまで甘くない。体感的には砂糖菓子か何かと言った方が近い。寧ろこれだけ砂糖を入れて焦がさなかった技術に驚きだ。たぶん料理自体は相当な腕前なのだろう。それだけに味覚音痴なのが悔やまれる。
「す、凄く美味しいよ…」
 不味い!!なんて言えるはずもなく僕は嘘を吐いた。閻魔様、貴方に問います。この場合も舌切り案件に該当しますか?だとしたらあまりにも無慈悲じゃないですかね?
「ほ、本当?良かったあ。男ん子に手料理食べさせんの初めてやき、不味いっち言われちょったら自信なくすとこやったばい...」
 クールで表情を表に出しそうにない豊前さんがこうも分かりやすく喜びの感情を表している(そして何故か方言が出ている)。それだけでも噓を付いた甲斐があるってもんだ。寧ろあそこで不味いと言ってたら本気で落ち込んでそうだったから言わなくて本当に良かった。偉いぞ、僕。まあこの嘘のせいでこれからしばらく僕は昼食時に苦しめられることになるんだけどそれは本編とはあまり関係ない。

 豊前さんがかなり上機嫌になってきたところで他の話題を振ってみる。
「そう言えば豊前さんって趣味とかある?例えば読書とか。」
「読書はあまり好きじゃないわ。なんていうか、他人の書いた文章って癖とかあって読んでて疲れるのよね。小説とか特に。」
「ああ、そうなんだ…」
 豊前さんは読書とか好きそうなんだけどなあ。僕自身趣味ってほどではないけど読書はする方だから話題に繋がるかと思ったのだが。
「なあに?私みたいな陰気臭そうな女が読書好きじゃなくて意外だった?」
「べ、別にそういう意味じゃないんだけど…」
 まずいぞ、話題を変えなきゃ、折角の良さげな雰囲気が台無しだ。僕が頭をフル回転させて次の話題に最適なネタを模索している最中に豊前さんは続けた。
「大丈夫よ、私が他人より無愛想で暗い印象を与えていることは自覚しているから。まだ付き合いの浅い君にそう思われても仕方ないわ。寧ろこんな可愛げのない女と付き合わせて申し訳ないと思ってる。」
 皮肉なのか?それにしては言葉に棘や嫌味ったらしい感じはない。
「そんなことないよ。さっき君の卵焼きを美味しいって言ったとき、君は誰の目に見てもわかるぐらい喜んでくれたじゃないか。きっと君は自分で思っているよりも明るくて可愛らしい普通の女の子なんだよ。」
「そ、そう…?」
 またしてもわかりやすく照れている。やっぱり近寄りがたい雰囲気については気にしていたんだ。
「そげん私の卵焼き気に入ってくれたと?」
 あれ、そっち?
「それなら毎日だって作っちゃるきね!!ああ、明日の味付けはどうしよ?よし、決めた!もっとお砂糖多めにしちゃるばい♪」
 いつの間にかまた方言混じりになってる。明日は糖質90%OFFで頼む。あとできれば自分の性格よりも味覚音痴の方を自覚してくれ…糖尿病にならないよな?

 最後に1つ気になっていたことを聞いてみよう。
「あのさ、豊前さん。」
「ん?どうかした?」
「もしあの時昼食に誘ったのが俺じゃなくて飯塚か八幡だったらついて行った?」
「さあ、行ったんじゃない?」
 思わぬ返答に落胆した。
「冗談よ。私が誰にでもついて行く安い女に見えた?彼らは悪い人たちではないだろうけどちょっとがっつきすぎな節があるからね。一緒にいても自分の話しかしなさそうだし、少なくとも私の好みではないわ。」
 まあ、そこについては同感。豊前さんがさらに続けた。
「その点君はそういうのはなさそうだったし。然程親しくない女に対してご飯の量の話をするのは改めるべきだと思うけど。」
 褒められたと思った瞬間に突き落とされた分先程の落胆よりも大ダメージだ。耳に痛い忠告を苦笑しながらやり過ごした。
「でも本当にそれだけの理由で俺の誘いに乗ってくれたのかい?」
「だって君、飯塚くんたちと誰が一番に私を昼食に誘うか競ってたんでしょ?」
 またもや思いもよらぬ返答。どうやらお見通しだったらしい。
「そ、そうだけど…もしかして聞こえてた?」
「あのねえ、休憩時間に君たちがその話をしていたの、普通に聞こえていたわよ。そういう話はするなら本人に聞こえないようになさい。」
 やや呆れ気味に豊前さんが応えた。
「その…重ね重ね本当にゴメン、あいつらも決して悪気があったわけじゃないんだ。」
「良いわよ。そりゃ勝手に勝負事や賭け事の対象にされたことはそりゃ少しは腹立たしいけど、君は嫌々付き合わされた風だったし。それも君のナンパにまんまと引っかかってあげた理由の1つ。あと周りからの質問責めも鬱陶しくてどっか行きたかったし。それに…」
 豊前さんは一呼吸おいてから口を開いた。
「こうして失礼だと思って謝ってくれた辺り、私の見込み通り君は誠実で律儀な人なんだろうし。私は彼らみたいなトンピン張り(お調子者)よりは君みたいな男子の方が好きよ。」
 世の中には誠実で律儀な男性を好む女性は意外と少ないらしい。実際今まで僕よりも飯塚や八幡の方がモテる印象があった(何でこのお調子者どもがなんて思っちゃいけない)。その点豊前さんは少数派なのだろう。思えば彼女のことを本気で好きになったのはこの時からである。我ながら男って単純。その日の帰り、約束通り飯塚と八幡が飲み物を奢ってくれると言ったが、僕はそれを断った。ここで飲み物を受け取ったら豊前さんを裏切ることになりそうだったからだ。
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