第29話 染谷龍一視点 染谷三兄弟の絆
エピソード文字数 5,756文字

染谷龍一視点です。
※
まとわり付く虎を排除して一目散に自分の部屋に向かう。
ベッドが見えた瞬間、俺は勢いよくダイビングしていた。
大の字で寝転がったまま数分。
さきほどの出来事を振り返っていると、沸々と喜びが沸きあがってくる。
無難な結果だ。あれでいい。十分だ。
とにかく顔を覚えて貰えた。今日は合格だ。
喫茶店に入るまでは、白竹さんのオムライスを頼んでカモフラージュしようと思ったが……
楓蓮さんが俺のテーブルにオーダー取りに来たからな。
彼女を目の前にして、俺の頭は一発でイカれちまった。
これは運命かも。そう直感した時には、ド本命である楓蓮さん仕様の愛情オムライスを思わず注文してしまった。
彼女が作った一番最初のオムライサーになっちまった事と、厨房で緊張していたあの姿を見て、有頂天になっていたのは言うまでもない。
思わず写メを撮ってしまい引かれた感半端無かったが、あの記録は是非とも証拠として残しておきたいが為だ。
ちょっと変なヤツの方が喋りやすい。
突っ込み所が無いと向こうも話題が無いからな。そう。あれは確信犯だ。
そして外で楓蓮さんと少し喋った事により結果オーライ。
一発逆転。終わりよければ全てよし!
分かっている。分かっているんだけど。やっぱりキツイ。
兄貴の言う通りだった。その意味が今なら痛いほど分かる。
彼女の瞳に写る。二人の俺の姿。
一人にはとても優しい眼差しを見せてくれる。
知り合い。友達。バイト仲間として俺に接してくれる。
女として。楓蓮さんは俺を……山田龍子として認識している。
もう一人は、龍一では今日初めて会ったばかり。
その瞳は、龍子とはかけ離れた態度を見せた。
当然だ。今日初めてあったばかりなのだ。
知り合いでもなんでもない、ただのオムライスの人なのだ。
次の一手はどうする?
今回はやや強引だったとは思っている。
立て続けに喫茶店でオムライスを頼むのは、あまりにも無謀すぎないか?
今日の時点でも引かれていた感があったし……
しばらく間を開けるか?
それとも今度こそ白竹さんのオムライスを頼んでカモフラージュするのもいいかも知れない。
あまりにも真っ直ぐストレートで楓蓮さんに近寄るよりも、まずは変な男ではないと印象付けさせる方が良くないか?
白竹さんや弟の魔樹にもあまり悟られないようにもしたいし……
ここは一旦様子を見た方がいいかも知れない。

ベッドの上でジャージを脱ぎ、ズボンを投げ捨てた。
そのまま寝転んで天井を見上げる。
そして目を閉じると、身体が徐々に変化してゆく。
自然と溜息が漏れる。
俺は立ち上がり、縦長の鏡の前に立った。
そこには女の自分が写っていた。
長くなった髪。少しだけ膨らんだ胸に、ブリーフはピチピチに広がっちまってる。
自分に言い聞かせる。何度も何度も。
鏡に映る自分。
その泣きそうな面に向かって自然と声が漏れた。

※
楓蓮さんと初めて出会ったのは、あの呪われたコンビニ前だった。妹のような子と一緒に手を繋ぎ、俺の前を通り過ぎた。
その姿を見たとき、その瞬間――
俺は一撃で……彼女に惚れてしまったのだ。
一目惚れなんて、俺には絶対縁のないものだと思い込んでいた。
そんな事は兄貴にあっても、俺には無いと信じていた。
その時までは。
最初のシーンは今でも忘れられない。
楓蓮さんがこちらを向き瞳が合った瞬間、頭のてっぺんから雷のような衝撃が脳内を駆け巡ったのを覚えている。
その直後から彼女を視界に入れるだけで鼓動は早くなり、見られるととても恥ずかしく感じてしまった。
それは今まで感じたことの無い感覚。
今まで兄貴にしかビビった事のない俺が……
どんなに大勢の組員に囲まれても微動だにしない俺が……
暴走族に一人で突っ込んでも臆することなかった俺が……
たった一人の女性に見られるだけで……
あっさりとダウンした。
今となっては良く分かる。あれが一目惚れだったって事に。
気が付けば、彼女の事ばかり考えている自分がいた。
龍子で楓蓮さんと知り合えば知り合うほど、その気持ちが大きくなってゆく。
可愛いし、綺麗だし、俺よりもグラマーで胸も大きくて、とても優しい。
それに礼節もしっかりしているのも大きい。しかも……ケンカも強いとか。最高じゃねぇか。
全てがむちゃくちゃ俺好みなのだ。
もう何もかも好きすぎて……たまらない!
楓蓮さんとの他愛も無い会話も、何故か共感できる部分も多く、友達としても相性は抜群に良いと感じた。
そういう意味では高校の黒澤くんのような、同じような雰囲気まで持っている。
まさに最強。俺の好みの全てか彼女の中に詰っている。
それが楓蓮さんという人なのだ。
※
俺の家はマンションの十階にある。結構グレードの高いマンションで、俺と虎、二人で暮らしていた。
家の隣のインターホンを鳴らすと、玄関から出てきたのは綺麗な女性が出てくる。
彼女は俺の兄貴の嫁さん。桜さんと言う。
俺が今までめぐり合った中でも、突き抜けた美人だ。
俺の兄貴。染谷家三兄弟の長男。翔一兄貴。
年は六つ離れており、今年で二十二歳になる。
染谷家の大黒柱であり、俺と虎がもっとも尊敬し、目標である。
頭も切れるし、ケンカだって俺が百人で掛かっても勝てる気がしない。
ぶっちゃけモンスター並みのスペックだったりする。
リビングに案内されると、最初は気軽に喋ってきた兄貴も、俺の神妙な態度を見るや否や、俺が喋るのを待っているようだ。
正座な俺に対し、兄貴も正座に座りなおす。
桜さんにそう言われると、滅茶苦茶照れてしまいます。
そう。兄貴も昔……この桜さんに一目惚れしたのだ。
兄貴は何も言わず、俺をじっと見つめてくる。
俺もその気持ちを分かってもらうべく、その強い眼力に真っ向から挑んでいた。
染谷家三兄弟は以心伝心。絆はとても強い。
言葉は無くとも、兄貴は俺の気持ちを察してくれたのだろう。
知ってる。兄貴と桜さんがどんなつらい道を歩んできたのかを。
俺や虎は……目の前でずっと見てきた。
そう。桜さんは普通の人間なのだ。
それでも兄貴と桜さんは……長年の末、ようやく結ばれたのだ。
まだ日は浅く、結婚は去年の話になる。
付き合う前で全てを暴露し、逃げられるならまだいい。
お互いがこうむる被害も最小限だと思う。
だが結婚とかの話になってから、その話をして失望させる可能性だって十分ありえる。
ずっと真実を語らないまま、最終的に暴露するのは、人としてどうなのか?
入れ替わり体質を隠して、付き合うなんて、まるで詐欺ではないのか?
兄貴だって、桜さんと付き合っている最中は地獄だった。
その頃の兄貴は、悩み、苦しみ、必死にもがいていた。
桜さんに真実を打ち明けた方がいいのか、まだ黙っているのか?
隠すのは彼女にとって失礼じゃないのか。その行動は本当に彼女の為になっているのか?
結婚する直前に、告白された彼女の気持ちを考えた事はあるのか?
それとも、生涯バレずにひたすら隠し通すのか?
最終的に兄貴は本当に彼女を好きなのか。
それさえ分からなくなるほど……この入れ替わり体質に苦しんでいたのだ。
俺や虎はそんな兄貴を見て……
人を好きになるなんて、簡単に出来る訳が無かった。
入れ替わり体質の人間がその正体をカミングアウトするのは、果てしなく難易度の高い壁があるのだ。
きっぱり言う桜さん。不意にふふっと笑う兄貴。
ですよね。この議論になると桜さんはいつも俺達の意見を否定するんだ。
染谷家はあまりその特殊体質は好きではなさそうですが、でもね。
普通の人から見ると入れ替わり体質の人間は、凄く魅力的で……素晴らしいものだと思っています。
あなた達。染谷家だけに与えられた、唯一無地の能力なのです。
いつも注意されてんのに、気持ちが高ぶって思いっきり叫んでしまった。
翔兄貴。桜さん。本当にありがとう。
入れ替わりの人間でも、普通の人と結ばれる。
それを実践した二人の応援は、今の俺にとって計り知れないほどの勇気を与えてくれた。
桜さんと翔兄に見送られ、家を出るとさっさと自宅に戻る。すると虎が玄関に走ってきた。
悩みまくる虎。
こいつはこいつで、戦う事しか頭に無い戦闘民族からな。
誰に似たんだマジで。
勝手に言ってろ。
あっ。ちなみに俺がチームを作ったわけじゃないぞ。勝手に虎が言ってるだけだ。
勝手に総長とか、楓蓮さんが特攻隊長とか、こいつの頭の中でドリームチームを結成してるに過ぎない。
まぁ楓蓮さんがチームに入るなら、一緒に入るけど。
喫茶店のメイド姿で暴走したいという気持ちは、ある。
大部隊って……メンバー八人しかいねーんだろ?
俺達合わせても十人しかいねーのに……
虎にもちゃんと伝えておかねば。
楓蓮さんに一目惚れした事を。
そして。俺は真っ直ぐ……彼女だけを目指すと。
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登場人物紹介
染谷 翔一 (そめや しょういち) 二十二歳。
染谷家三兄弟の長男。入れ替わり体質。
龍一が認める最強の兄貴。頭も良く、ケンカも強い。
面倒見が良く人望もあり、山田組の中でも彼を慕う人間は多い。
昨年、桜と結婚。長い恋愛を経てようやく結ばれ、只今新婚生活真っ最中。
ちなみに家は、龍一と虎が住む住居の隣となっている。