暁の巫女は朔の夢を見る

エピソードの総文字数=683文字

 東より来る風 ()みを解かば
 真赭(ますほ)の木々 花盛りけり
 暁天(ぎょうてん)倖姫(こうき) 夢紡ぎ
 晦冥(かいめい)司祇(しき) 夢織れば
 夢うつつとなりにけり 
 陰陽二つの力かしづけば
 今昔 いわんや行く先も思うがまま
 繁栄の礎とならむ――
蘇比(そひ)の古歌より〉

 暖かい闇が世界を押し潰そうとしていた。
 朧月がぽっかり浮かぶ淡い闇の中、いつもは燦然と輝く星達は陰り、夜空の主役を明け渡している。まるで代役を務めるかのように桜の花びらが舞う。
 薄紫色の敷布がかけられた(しとね)には黒髪の少年が一人、うなされながら体を丸めて震えている。
 痩せた体は熱を持つ。じわじわと精神を犯す呪詛、体に忍び込んだ毒……何よりも得体の知れない悪意。ありとあらゆるものが彼を蝕む。助けてくれる人間は――そして助けを求めることのできる人間は、今、彼の周りには誰一人としていなかった。
(熱い。苦しい。痛い。母上――!)
 彼は母に必死で助けを求める。だが彼女は既にあの月の住人だった。
 月は溶ける。柔らかい光が優しく差し伸べられ、夢のような世界に誘われる。もうあちらへ行ってしまいたい。あの懐かしい春の野原のような、暖かな明るい世界へと。
 頬に月色の涙が流れ、彼は月に重なる風景に向かって手を伸ばす。時折思い出す、今にも消えそうな色を手がかりに。
(あれは――一体どこだったのだろうか)
 今にも落ちてしまいそうな意識の中、淡い記憶に縋りつく。しかし、古い記憶は瞬く間に奈落へとこぼれ落ちていく。

『――だれか、たすけて』

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