パートナー
文字数 3,346文字
「陸と言うのね。ヨロシク」
なんか、馴れ馴れしい気もするが荒くれ稼業だからこそ仲間内にはこんな感じなのだろ。
「それで、ラハルには会ったんでしょ?」
俺は黙って頷くと、
「んじゃあ、職業は何になったの??」
テンプレのように間髪入れずにグイグイとくる。
正直、喧しい。いや、きっと目が覚めるまで見張っててくれたであろう女性に対して失礼な気もするが。少しはコチラのペースも考えて欲しいものだ。
なんて、けして口に出せる訳もなくスノーウルフを指さす。
「──ん!? スノーウルフの赤ちゃん? 陸、アンタはもしかして猛獣使い?」
もしかしなくてもそうなんですけどね。
なんですか、その好奇な視線は。
「まあ、そんな所だな」
「珍しいわね。確か、この街には一人もいなかったはずだし……」
独りで勝手に記憶を辿る素振りを顎に握り拳をあてがいながら作る。
いや、そんな事をされたんじゃ、何も知らない俺は置いていかれた感覚になるってものだ。
百五十センチ程の身長である彼女を見ていると徐に、その握り拳を左掌で“パンッ”と音を立てコチラを見つめる。
どうやら、何かを思いついたらしい。
「取り敢えず、立ち話もなんだし中に入りましょ??」
そりゃ、そーなりますよね。
「いや……」
「……中に入りたくないの??」
俺が、相当気まずい言い方をしたのか、それとも気が付かずにはいられないほど嫌そうな顔していたのか。
千那はド直球に言い当ててみせた。
「入りたくないってか……入れないんだよね」
「入れない? ここは通行証とか必要無いはずよ?」
「いや、そうじゃなくてアイツが」
「アイツ??」
「そう、スノーウルフが人見知りで街の中に入れないんだよっ」
ダサいよな。ダサいとしか思えないよな。同じ職についている人間なら、そんな弱々しい事なんか。
ほら見た事か、目の前の千那も腹を抱え、肩を揺らし始める。
そりゃそうだよな。と肩を落とすと、涙目を指で拭いながら、
「何それ、新しいすぎるでしょ。魔物で人見知りとか……ふふふ、初めてよ。そんなの」
俺も初めてだよ、此処に来てこんな笑われたの。
「だから、あんな距離を取っているし。街の外に居たのね? にしても、それなら相当、陸は面倒見が良いのね?」
「ん? 何でそうなる??」
「だって、そうじゃない。危険も承知で街の外に居たのだから。──良いわ、ちょっと付いてきて??」
「ちょ。何処に?」
「何処にって、流石に此処にずっと居るのは危険よ? この高い擁壁が何よりもの証拠。魔物は夜中になると活発に行動し始めるのだから」
そう口にすると、門がある場所とは逆。詳しくはアイツがいる方向へと歩き出す。
そして、風のようにサラッと言った文言に対し、自分の無知さが恐ろしくもなる。
夜中になり、下手したら気が付かれないまま死んでいたかもしれないなんて。
暫く擁壁伝いに歩き、曲がるとそこにはコジンマリとした小さい木製の扉があった。
「これは、私達が夜遅くに仕事を終えて使う扉よ。正門は、閉門しちゃうからね。それにここは裏路地だから人通りも少ないの」
「なるほど……。こんな場所が」
腰を屈めながら、街の中へと入る。
「じゃあ、ついてきてね」
正門から見た明るさは無く“ジトジト”した雰囲気。それでも、これならアイツも中には入れるだろうと、それだけは安心だった。
道なりに、小さい背中を追いかけ続け数分。
彼女の足は、灯もついていない古びた赤レンガの建物で止まる。
「今日は、此処に泊まると良いわ」
「此処って、俺、金なんかないぞ??」
千那はその発言に長い溜息を吐き捨て、ジト目をしながら、
「それぐらい分かってるからね? 此処は私が所有してる武器庫よ。食料もあるから適当に食べてちょうだい」
「ちょ! ま、まて! なんでそんな親切なんだ?」
「何でって、助け合いは普通でしょ? それが人情ってもんじゃないの」
俺は、恥ずかしげも無く。それこそ、良く切れる刃物の様に“スパッ”と言い切る彼女がカッコイイと思ってしまった。
「ま、だから明日起こしに来るわね」
起こしに? 何の為に。
だが、「ありがとう」も「優しいな」も「何故起こしに?」も言う機会は与えられず、千那は明るい街中へと姿を消して行った。
俺はお言葉に甘えて、今日初の家の中へと身を投じた。
ドアを開けっ放しにしていると、“ひょこっ”と小さい頭が顔を出す。
そんな警戒しなくても、良いのにと思いながら黙っていると、物音も立てずに中に入るなり部屋の角で丸くなる。
しかし、しかし何だろう。この微妙な距離感が良いと思うのは動物が嫌い故なんだろうか。
つか、
「部屋……暗いな」
電気が何処にあるのかも分からない。それに、人の家、しかも女性の家を勝手に彼方此方触ると言うのは些か気が引ける。
「お前も、そう思うよなッ」
「ラウッ……」
「はは、だよな」
する事も無い俺は、ただ天井を見上げ何処かに飛んでいってしまった先程の眠気を探していた。
「明日から、どうやって暮らそうか。スノーウルフを使わないにしろ、剣技の練習もだが、その前に金を何とかしなくちゃならない」
俺は完璧な一文無し。異世界の興奮が冷めてみると、後についてまわったのは生活への不安感のみ。
「何を独りでゆってるの? 気持ち悪いわよ? ──いいえ、ごめんなさい。気持ち悪いものね」
「何故言い直した?」
その言い方は、何もしなくても気持ち悪いって事は含まれていませんよね? 大丈夫ですよね?
「……ごホン。そんな事よりも、ホラ。食べなさい」
話の逸らし方が雑なんだよな。つか、急に千那の声が聞こえたもんだから、アイツがビックリしてたじゃねーか。
「って、なにこれ??」
寒いのも相まって暖かい湯気が香ばしい匂いと共に揺蕩う。
電気を付けてもらい、淡いランタンの光が部屋を包む中、
「ピーロンの肉詰めよ。まあ肉マンみたいなものかしら?」
「何故に二つ?」
「そりゃあ、あの子の分じゃない」
なんだよ、俺に面倒見が良いとか言いながら千那のがよっぽど面倒見が良いじゃねぇーか。
ピーロンの肉詰めをスノーウルフの前に滑らせた。鼻をピクピクと動かし、俺をまた見つめるもんだから、頷くと小さい口をいっぱいに開いて食べ始める。
「んで、千那の分は?」
「へ? わ、私はほら。一応レディだし? って一応ってなによ。失礼にも程があるわ!」
いや、自分で言ったんだろ。それに忘れたとかそこら辺だろ。
「何も、そんな焦る必要もないだろ……ホレ」
「あ、ありがと……ございま……す」
何故か、申し訳ないような素振りを見せながら細い指で千那は受け取る。
「そう言えば、あの子なんて名前なの?」
「え? 名前?」
「うん。さっきから、アイツとかしか聞いてないし」
俺の顔を見つめているのが目を合わせずともわかる熱視線。
なんだ、この緊張感。
「アンタ、もしかして名前もつけてあげてないの??」
「名前は、そんな簡単に決めちゃいけねぇんだ!! じっちゃんがゆってた」
「アンタのじっちゃんの話なんかどうでも言いわよ。それよりも、早く決めてあげなさいよ。陸のパートナーなんだから。──じゃあ、私は戻るわね」
「おう、なんか何から何までありがとう」
その言葉を聞いたか聞いてないか、千那は言葉をいうなりすぐ様に部屋を出ていった。
俺達に気を使ってなのだろうか。
にしても、確かにそうだよな。一緒に戦うかは別にしろ、共に過ごすパートナーなんだ。ちゃんと名前を考えなくちゃな……。
名前は──名前は、そうだな、お前の名前は、
「キルルにしよう」
何故“キルル”なのか。他に候補がなかったのか。それが不思議で仕方がなかった。ただ、何故か呼び慣れたようなその名前がシックリと来る。
キルルは、嫌そうな表情もしないまま。ご飯で汚した口元を舐め取りながら呼び声に、
「ラウッ」
と、元気に吠えた。
なんか、馴れ馴れしい気もするが荒くれ稼業だからこそ仲間内にはこんな感じなのだろ。
「それで、ラハルには会ったんでしょ?」
俺は黙って頷くと、
「んじゃあ、職業は何になったの??」
テンプレのように間髪入れずにグイグイとくる。
正直、喧しい。いや、きっと目が覚めるまで見張っててくれたであろう女性に対して失礼な気もするが。少しはコチラのペースも考えて欲しいものだ。
なんて、けして口に出せる訳もなくスノーウルフを指さす。
「──ん!? スノーウルフの赤ちゃん? 陸、アンタはもしかして猛獣使い?」
もしかしなくてもそうなんですけどね。
なんですか、その好奇な視線は。
「まあ、そんな所だな」
「珍しいわね。確か、この街には一人もいなかったはずだし……」
独りで勝手に記憶を辿る素振りを顎に握り拳をあてがいながら作る。
いや、そんな事をされたんじゃ、何も知らない俺は置いていかれた感覚になるってものだ。
百五十センチ程の身長である彼女を見ていると徐に、その握り拳を左掌で“パンッ”と音を立てコチラを見つめる。
どうやら、何かを思いついたらしい。
「取り敢えず、立ち話もなんだし中に入りましょ??」
そりゃ、そーなりますよね。
「いや……」
「……中に入りたくないの??」
俺が、相当気まずい言い方をしたのか、それとも気が付かずにはいられないほど嫌そうな顔していたのか。
千那はド直球に言い当ててみせた。
「入りたくないってか……入れないんだよね」
「入れない? ここは通行証とか必要無いはずよ?」
「いや、そうじゃなくてアイツが」
「アイツ??」
「そう、スノーウルフが人見知りで街の中に入れないんだよっ」
ダサいよな。ダサいとしか思えないよな。同じ職についている人間なら、そんな弱々しい事なんか。
ほら見た事か、目の前の千那も腹を抱え、肩を揺らし始める。
そりゃそうだよな。と肩を落とすと、涙目を指で拭いながら、
「何それ、新しいすぎるでしょ。魔物で人見知りとか……ふふふ、初めてよ。そんなの」
俺も初めてだよ、此処に来てこんな笑われたの。
「だから、あんな距離を取っているし。街の外に居たのね? にしても、それなら相当、陸は面倒見が良いのね?」
「ん? 何でそうなる??」
「だって、そうじゃない。危険も承知で街の外に居たのだから。──良いわ、ちょっと付いてきて??」
「ちょ。何処に?」
「何処にって、流石に此処にずっと居るのは危険よ? この高い擁壁が何よりもの証拠。魔物は夜中になると活発に行動し始めるのだから」
そう口にすると、門がある場所とは逆。詳しくはアイツがいる方向へと歩き出す。
そして、風のようにサラッと言った文言に対し、自分の無知さが恐ろしくもなる。
夜中になり、下手したら気が付かれないまま死んでいたかもしれないなんて。
暫く擁壁伝いに歩き、曲がるとそこにはコジンマリとした小さい木製の扉があった。
「これは、私達が夜遅くに仕事を終えて使う扉よ。正門は、閉門しちゃうからね。それにここは裏路地だから人通りも少ないの」
「なるほど……。こんな場所が」
腰を屈めながら、街の中へと入る。
「じゃあ、ついてきてね」
正門から見た明るさは無く“ジトジト”した雰囲気。それでも、これならアイツも中には入れるだろうと、それだけは安心だった。
道なりに、小さい背中を追いかけ続け数分。
彼女の足は、灯もついていない古びた赤レンガの建物で止まる。
「今日は、此処に泊まると良いわ」
「此処って、俺、金なんかないぞ??」
千那はその発言に長い溜息を吐き捨て、ジト目をしながら、
「それぐらい分かってるからね? 此処は私が所有してる武器庫よ。食料もあるから適当に食べてちょうだい」
「ちょ! ま、まて! なんでそんな親切なんだ?」
「何でって、助け合いは普通でしょ? それが人情ってもんじゃないの」
俺は、恥ずかしげも無く。それこそ、良く切れる刃物の様に“スパッ”と言い切る彼女がカッコイイと思ってしまった。
「ま、だから明日起こしに来るわね」
起こしに? 何の為に。
だが、「ありがとう」も「優しいな」も「何故起こしに?」も言う機会は与えられず、千那は明るい街中へと姿を消して行った。
俺はお言葉に甘えて、今日初の家の中へと身を投じた。
ドアを開けっ放しにしていると、“ひょこっ”と小さい頭が顔を出す。
そんな警戒しなくても、良いのにと思いながら黙っていると、物音も立てずに中に入るなり部屋の角で丸くなる。
しかし、しかし何だろう。この微妙な距離感が良いと思うのは動物が嫌い故なんだろうか。
つか、
「部屋……暗いな」
電気が何処にあるのかも分からない。それに、人の家、しかも女性の家を勝手に彼方此方触ると言うのは些か気が引ける。
「お前も、そう思うよなッ」
「ラウッ……」
「はは、だよな」
する事も無い俺は、ただ天井を見上げ何処かに飛んでいってしまった先程の眠気を探していた。
「明日から、どうやって暮らそうか。スノーウルフを使わないにしろ、剣技の練習もだが、その前に金を何とかしなくちゃならない」
俺は完璧な一文無し。異世界の興奮が冷めてみると、後についてまわったのは生活への不安感のみ。
「何を独りでゆってるの? 気持ち悪いわよ? ──いいえ、ごめんなさい。気持ち悪いものね」
「何故言い直した?」
その言い方は、何もしなくても気持ち悪いって事は含まれていませんよね? 大丈夫ですよね?
「……ごホン。そんな事よりも、ホラ。食べなさい」
話の逸らし方が雑なんだよな。つか、急に千那の声が聞こえたもんだから、アイツがビックリしてたじゃねーか。
「って、なにこれ??」
寒いのも相まって暖かい湯気が香ばしい匂いと共に揺蕩う。
電気を付けてもらい、淡いランタンの光が部屋を包む中、
「ピーロンの肉詰めよ。まあ肉マンみたいなものかしら?」
「何故に二つ?」
「そりゃあ、あの子の分じゃない」
なんだよ、俺に面倒見が良いとか言いながら千那のがよっぽど面倒見が良いじゃねぇーか。
ピーロンの肉詰めをスノーウルフの前に滑らせた。鼻をピクピクと動かし、俺をまた見つめるもんだから、頷くと小さい口をいっぱいに開いて食べ始める。
「んで、千那の分は?」
「へ? わ、私はほら。一応レディだし? って一応ってなによ。失礼にも程があるわ!」
いや、自分で言ったんだろ。それに忘れたとかそこら辺だろ。
「何も、そんな焦る必要もないだろ……ホレ」
「あ、ありがと……ございま……す」
何故か、申し訳ないような素振りを見せながら細い指で千那は受け取る。
「そう言えば、あの子なんて名前なの?」
「え? 名前?」
「うん。さっきから、アイツとかしか聞いてないし」
俺の顔を見つめているのが目を合わせずともわかる熱視線。
なんだ、この緊張感。
「アンタ、もしかして名前もつけてあげてないの??」
「名前は、そんな簡単に決めちゃいけねぇんだ!! じっちゃんがゆってた」
「アンタのじっちゃんの話なんかどうでも言いわよ。それよりも、早く決めてあげなさいよ。陸のパートナーなんだから。──じゃあ、私は戻るわね」
「おう、なんか何から何までありがとう」
その言葉を聞いたか聞いてないか、千那は言葉をいうなりすぐ様に部屋を出ていった。
俺達に気を使ってなのだろうか。
にしても、確かにそうだよな。一緒に戦うかは別にしろ、共に過ごすパートナーなんだ。ちゃんと名前を考えなくちゃな……。
名前は──名前は、そうだな、お前の名前は、
「キルルにしよう」
何故“キルル”なのか。他に候補がなかったのか。それが不思議で仕方がなかった。ただ、何故か呼び慣れたようなその名前がシックリと来る。
キルルは、嫌そうな表情もしないまま。ご飯で汚した口元を舐め取りながら呼び声に、
「ラウッ」
と、元気に吠えた。