第3話

文字数 2,417文字

 一般的にバスの後部座席というのは三人掛けになっていることが多く、このバスも例に漏れなかった。だが、三人とはあくまで標準的な体型の場合だ。右に筋肉もりもりのハニワ、左に筋骨隆々なハニワ。こんな場合は想定していない。
 しかも間にいるおれなど意に介さず、両者とも大股開きで座っているものだから余計に狭い。ちなみに断っておくがおれは中肉中背で至って普通である。いちおう抵抗してみたものの案の定動かなかった。タンクトップ姿のハニワに挟まれる……こんな意味不明の苦行に苛まれているのは、全世界的にみてもおれくらいではなかろうか。とりあえず、ややこしいので白い方をハニワA、黒い方をハニワBと呼ぶことにする。
 さっき、バスから出てきたハニワBは、おれに猿ぐつわをすると、ハニワAと協力しておれをバス内に放り込んだ。そしてすぐさま発車。どこに向かっているのだか、皆目見当もつかない。
 なぜなら、カーテンどころか全面に暗幕が引いてあり、外の様子がわからないからだ。おまけにバスの前面部にも暗幕があり、運転席がまったく見えない。バスが現れた時もハニワが邪魔で外から見ていない。こんなことをする輩に心当たりはないが、どうせ「驚いた? ハニワCだハニ!」とかいうオチだろう。
 冷房が効いていることが唯一の救いだ。目的こそ不明だが、ハニワたちは腕組みをしているだけで、危害を加える様子もない。鶏丼を膝に乗せたまま、おれはしばらくむさ苦しい空間に耐えた。

 三十分ほど経った頃だろうか。アナウンスが流れた。
「皆さま、本日はまことにありがとうございます」
 ボイスチェンジャーか、はたまたヘリウムガスか。ニュース番組の証言VTRなどでよくある、加工された音声だった。
「これより昼食のお時間です」
 なんとも意外な知らせだ。安心しそうになったが、たぶん目的地ではないんだろうと思うと喜べない。
 ただ良かったのは、バスが停まると、猿ぐつわが外されたことだ。息苦しさからの解放と、ちゃんと口から食べるという知能を持ち合わせていることにほっとした。動物のお面とかならまだしも、ハニワというのが得体の知れなさを増幅させている気がする。これで手ごろな斧でも持っていたら和製ジェイソンと呼べなくない。
 降車すると、どこかの山間のようだった。
 周囲は林で、駐車場の奥に木造の建物がある。その手前にテーブルや椅子が置いてあることから、ちょっとしたカフェスペースのようだった。
 見覚えのない場所だ。おそらく抵抗されても問題ないと思われているために、おれは縛られていない。しかしこれでは、仮に逃げ出したところで無事に帰れる保証がない。結局おれはハニワに促されるまま、カフェの一席に着座した。
 ハニワたちが違う席についてから、ちらりとバスを確認すると、外から見えないように暗幕が張られていた。あれじゃ運転できないので、おれが降りるタイミングで隠したのだろう。ご丁寧なことだ。
 よそ見をしていたおれの前に、建物から何かが飛び出してきた!
 のけぞったおれは、椅子の背もたれが背骨にあたるのを感じながら、相手を見た。正確には見下ろした。その相手はテーブルにすがるように寄りかかり、息を荒げていた。興奮して荒いというより、過呼吸にも似た、高音混じりの、全力疾走でもしてきたような荒げ方だった。五呼吸に一回くらいの割合で「オエッ」と危険な声を漏らしている。よくよく見れば花柄をあしらったフリル付きの可愛らしいエプロンをしていて、本人とのギャップが激しい。おれの眼前で、禿頭の薄い毛がそよいでいたからだ。
 まとめると、初対面で満身創痍の禿げたおっさんがフリフリのエプロンを装着して目の前で起爆寸前ということだった。
 今すぐにでも逃げ出したかったが、下手に刺激を与えると吐瀉物的なサムシングが横溢する危険性が極まってきていたので、自分でも何言ってるかわからないが、とにかく地味に背中が痛いのを我慢して、ひたすら耐えるしかなかった。心の中では手を組んで空を見上げていた。
 祈りが天に通じたか、しばらくすると息が整ってきたおっさんが、ようやくおれを見上げて言った。
「ごお、ごお、ご注文は?」
 要らないです。帰ってください。
 そう言いたかったが、はにかんだ笑顔とすきっ歯に免じて丁重に断った。
「いえ、結構です。これがあるので」
 ところがおれの鶏丼を見るや否や、
「雑魚が」
 と、思いっきり蔑まれた。
 確かにおれが悪い。席についていながら注文せず、さらに食べ物を店内に持ち込んだのだ。それはいい。それはいいが、雑魚ってなんだよ。
 さておき、ハニワの席で耳打ちされたおっさんは、にやりと笑って建物内に戻った。やがて聞こえてくる調理の音。油がはじけている。それから何かを炒めているようだ。音と香りからして、どうも中華らしい。山で中華というのは食べたことがないが、まあ一般的な昼食と思えば悪くない。店員はともかくメニューは意外と普通だった。
 そして数分後、運ばれてきたのはジュースだった。なんでだよ!
 大きめのグラスに、ピンク色の濃い液体が注がれている。ピーチよりはだいぶ毒々しく見えるが何味なんだろう。しかし特筆すべきはストローだ。飲み口が二つある。しかも中央で湾曲してハートを描いている。まさかとは思う。いくらなんでもそれは、と。
 ところがここは予想通りで、ハニワたちの濃厚ラブラブタイムが始まるのだった。
 ハニワAB共に、おれなどまるで眼中にないというふうに見つめあっている。世界は二人のためにあるとでも言いたげだ。なのにお面は取らず、下から無理やりストローをくぐらせて飲んでいるのが異様でしかない。おっさんはといえば、空いた席で餃子とチャーハンを掻き込んでいる。
 ……人は突っ込みどころが多すぎると、かえって絶句してしまうものだ。セルフの水を汲み、ぬるい鶏丼を食べながら、おれは目の前の光景を見るたびに首を傾げた。
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