二十八 八重の復讐

文字数 1,413文字

 土蔵にいる藤堂八郎と八重の前から、同心たちが千両箱を運んでいった。
「外に出よう」
「はい・・・」
 藤堂八郎は八重を連れて土蔵の外へ出た。

 町方たちが、土蔵の際の二台の大八車に、薦包みにした千両箱を積んでいる。
 藤堂八郎は八重を連れて土蔵から離れた。
「ここなら話を聞かれぬ・・・」
 藤堂八郎は町方を目で示して八重に訊いた。
「八重さんが『三行半を書いてくれ』と言ったあの時、何があったのだ」
「はい・・・。いつかは話さねばと思っていました。
 父が亡くなったのは妹の多惠を救うためでした・・・」
 八重は、大八車に千両箱を積む町方を身ながら、父の源助が亡くなった訳と、藤堂八郎と別れた訳を話した。
 

 八年前。
 一家で江戸に出てきた八重たち家族だったが、江戸の水が合わないと言って母の奈緒と妹の多惠は仙台の親戚を頼って仙台に戻った。
 そして、三年前。
 仙台にいる多惠が与三郎にたぶらかされて連れ去られ、盗人の手先となって大店に上女中として奉公し、夜盗の手助けするよう強要された。
 多惠は与三郎たちの監視の目を盗んで、人伝えに母の奈緒に文を届けて救いを求めた。
 母の奈緒の知らせで、父の源助は仙台へ行って多惠を救ったが、その時の刃傷沙汰が元で多惠と父は仙台で亡くなった。

 多惠と父が亡くなった後、八重は仙台の母からの文で一部始終を知らされた。
『仙台での夜盗と殺しで、与三郎一味はお尋ね者になった。
 与三郎の一味が江戸に出てきた。江戸で夜盗をする気だ。
 八重殿も、気をつけなされよ』
 母の文を届けた、父源助の知古の元仙台藩士、木村玄太郎は、八重にそう語った。

 八重は、日本橋呉服町の越後屋に入った夜盗の主謀者が越後屋幸之助の後妻の菊だった事を思いだして。与三郎の一味を捕える策を講じた。
 八重は藤堂八郎と分れて、山王屋へ上女中として奉公して与三郎を言いくるめ、加賀屋へ嫁いで菊之助の加賀屋の妻になった。
 しかし、二年後。過労が原因で体調不良となったため、医者と相談の上、眠り薬を服用して死んだと見せかけて、今度は上女中として加賀屋に奉公して、与三郎たちを町方に捕縛させる機会を待った。


「なんで、私に話してくれなかったのだ」
 藤堂八郎は八重にそう言って、駆けつけた唐十郎たち特使探索方に、
『多惠を詮議している・・・』
 と目配せした。
 唐十郎は、八重とともにいる藤堂八郎を見て事情を察し頷き、同心たちから状況を聞いて押収した千両箱の警護を打ち合わせた。

「話したら、私の怨みを晴してくださいましたか」
 八重は藤堂八郎の視線を追って唐十郎たちを見ながら、藤堂八郎だけがわかる皮肉のこもった口調でそう言った。
「三年前はわからぬが、二年前なら恨みを晴せた・・・」
「町方が増えたから、与三郎をもっと早く捕縛できたと言うのですか」
 八重は町方に唐十郎たちの顔ぶれが増えた事を藤堂八郎が話していると思った。
「捕縛はせぬ・・・」
 藤堂八郎がそう言うと八重の顔色が変った。八重は夜盗や大店の悪徳商人が斬殺された事件を思いだした。町方は、未だ下手人の目星すらつけていない。
「では・・・」
「詮議や吟味、評定が省ける・・・」
 その言葉で八重は黙った。以前の八郎様とは違う。もしやして、夜盗や大店の悪徳商人を斬殺したのは八郎様たちか・・・。
 そう思うと、八重は晴れ晴れとした気持ちになった。
「では、行くか」
「はあい」
 父と妹の怨みを晴して、八重は昔のように朗らかに答えた。
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