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文字数 1,207文字

 帰路は、市街地をぐるりと迂回する海沿いの道を選んだ。往路より、ずっと静かだし、カノープスもわたしも、わざと遠回りをしたかったからだ。
 任務の後の、ささやかな、ふたりだけの時間。
 ゆるやかなカーブを描く、あちこちに(ひび)割れの目立つ舗装道路。わたしたちの前にも後ろにも、他の車の影はなかった。規則的なモータのノイズが彩る心地良い沈黙を、わたしたちは共有する。
 カノープスの(そば)は、静かで、とても居心地がいい。
 彼女とのあいだに流れる無言の時間は、ただひっそりと(たたず)んで、わたしを駆り立てることも責め立てることもない。一緒に過ごす時間の余白を会話で埋めてもてなす努力をしなくていいのだ。
 カノープスの背中に、そっと頭を預けて、海の彼方に視線を投げる。暮れなずむ砂色の空。水平線の縁だけ、擦り傷のように、夕陽の(くれない)(のぞ)いている。夕闇が満ちる中、ぼうっと(にじ)むように浮かび上がるのは、港へ戻っていく海底探査船の灯火(ともしび)だ。橙色の光が黒い水面(みなも)(したた)り、(さざなみ)が鱗のように、ちかちかと(きら)めいている。魚のいない海。手足を浸せば数分で皮膚が(ただ)れる毒の海。吹き渡る潮風には、喉を刺す臭いが濃く溶けている。
 彼らに収穫はあったのかな、と船灯を眺めながら思う。
 この海を行き交う船が漁るのは魚じゃない。海底に沈んだ旧文明の遺産だ。先の戦争で使われた兵器の残骸の多くは、今や貴重な金属資源の塊だった。
 かつて世界は、今とは比べものにならないくらい栄えていたのだと、いつか、わたしたちの教官は語った。優れた文明、豊富な資源、余りある食糧……そして平和。わたしはそれを、ただ淡々と聞いていた。全ては今この世界に生きている人間が生まれる前の話だ。ここにあるのは残り(かす)の世界。資源も技術も使い尽くして、戦争は終わった。
 そして、先人の負の遺産を清算していくのが、戦後に生まれたわたしたちの役目だった。各地に残る不発弾の処理や、〝普通の人間〟には危険すぎる任務を、わたしたち《天使(アステリア)》が(にな)う。なかでも《(ココリ)》の始末は、その最たるものだった。
(これで、また、ひとつ……)
 腕の中のキャリーケースに視線を落とす。旧文明の技術の結晶と謳われる、琥珀色に輝く鉱石。戦争が終わるとともに滅びた《敵の国》が、わたしたちの国に対する切り札として使っていた兵器の源。
(カノープス)
 彼女の背中に、そっと耳をつける。じんわりと(にじ)む温もり。華奢な(あばら)に抱えられた心臓が、ことことと囁く。規則正しく、歯車のように。この体は生きているよと、うたう。
(この鉱石、全部、集めたら、わたしたちの役目は終わるね)
 スモッグに(かす)んで(おぼろ)げな水平線を眺めながら、わたしは未来に想いを馳せる。
(役目を終えたら)
 この体は、必要なくなる?
(操り糸を切られて)
 この体から、解放される?
(がらくたになって)
 解放されるということは、価値を失うということ。
(踊れなくなった人形は)
 生きることから、追放されるということ。

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