秦の選んだ道
文字数 1,852文字
景監をつてに衛鞅 は孝公にお目通りをかなえ、富国強兵の道を説くようになりましたが、それまでには紆余曲折がありました。
衛鞅は孝公への教授を始めました。しかし、景監はいきなり孝公に呼び出されます。孝公はぶしつけに切り出しました。
「おまえの呼んできたあの衛鞅と申すものだが、話すことが面白くない。全然役に立たないではないか」
「わかりました、衛鞅に申しておきます」
景監は屋敷に戻って衛鞅に告げました。
「公は、ご不興だ」
なにやら、衛鞅も考えてみているようでした。
「もう少し時間をくださいまし、私の夢なのでございます。もう少し、この道を説かせてくださいまし」
次の進講日がやってきました。衛鞅はゆっくりと話を進めます。
孝公は時々居眠りをして、集中できない様子でした。
「お前の客人は、やはり下らぬことしか話せないのかのう、どうしてこのようなたわごとを用いることができようぞ」
衛鞅はむっとしたようでした。姿勢を正すと、また比喩を交えながら、別のことを話し始めました。
その日の進講は何とか終わりましたが、景監ははらはらしていました。紹介した自分の面子もあります。屋敷に戻った時に、衛鞅を責めました。
「いったいどうしたんだ、孝公様に話が通じていないではないか」
衛鞅は答えました。
「私は、孝公様にお話しするのに、帝王の道をもって話してきました。しかし興味を示されなかったのです」
衛鞅は無念なようでした。
「そのお気持ちを引き付けることができなかったようです。少し内容を変えてみます」
五日ほど準備をして、また孝公に衛鞅は進講を行いました。
今度は孝公の目が輝きだしました。興味をもって話を聞いている様子がうかがえます。
しかし孝公はまだ納得していない様子でした。
「うーむ、面白いことは面白いのだがのう、なんか私の求めているものと違うようなのだ。おまえの客人はやはり役に立たないのう」
景監はまた衛鞅を責めました。衛鞅は迷っていたようでしたが、決心を固めたようでした。
「わかりました。それではやってみましょう。私は今度は王の道をもって説いたのですが、王はそれでも納得なさらなかったようです。お願いいたします、もう一度機会をいただきますように」
景監は渋る孝公に説いて、もう一度衛鞅に進講をさせました。
今度は成功しました。
「よかった、よかったぞよ」
孝公は満悦の様子でした。
「とてもよく分かった。ただあれを秦の国で用いるのは、難しいかもしれないがな。ともかく、お前の客が才能があるのは分かった、私も納得したよ」
衛鞅は景監からそれを聞いて、しばらく黙然としていました。そして考え込んでいるようでした。
「私は孝公様に覇道(帝、王、覇で徳が異なるとされる。覇者は最も徳が低く、現実的)を説きました。そのやり方について、孝公様はご納得はなさったようでございます。しかし、私が用いられるためには、もう一度お会いして、お話せねばなりますまい」
衛鞅が次に孝公に進講したとき、孝公の目は真剣でした。孝公は身を乗り出すようにして衛鞅の話を聞き、かぶりつくように衛鞅の話を味わっていました。進講は、ぶっ続けで数日に及びました。孝公が求めたからです。数日を費やしても、孝公はまだ聞き足りない様子でした。
景監は衛鞅にたずねました。
「いったい何の話をして差し上げたのだ」
「私は孝公様にお話しするのに、夏 、殷 、周 のような、帝王の道をはじめお話ししました。しかし孝公様はこうおっしゃられました。『迂遠なことだなぁ、私はそんなことをして待つことはできぬなぁ。それに賢君たるものは、その名前が天下に顕れて、初めて賢君であろう、悠々と何百年をもかけて、帝道をなすなどということは、待つことができないなぁ』そうおっしゃいました。そこで私は国を強くする方法をのみお話ししたのでございます。それにしても、殷 ・周 のような、徳で政治を行うことは、難しいことでございますなぁ」
そういうと、衛鞅は笑いつつ、ため息をつきました。
先に刑名 の学について触れましたが、このように、衛鞅が説いたことは多岐に及んでいました。儒家のような徳をもって政治を行うことや、国を強くすることまで、その内容は様々だったのです。
そして衛鞅の説いたことのうち、国を強くする方法、国を富ませ、兵を強くする方法を、秦は選んだのです。
強力な軍事力と、豊かな富を持った国家、それが、西北の辺境に誕生しました。
そしてそのことが、秦の今後の道筋、中国統一、帝国の創造への道を決めたのです。
衛鞅は孝公への教授を始めました。しかし、景監はいきなり孝公に呼び出されます。孝公はぶしつけに切り出しました。
「おまえの呼んできたあの衛鞅と申すものだが、話すことが面白くない。全然役に立たないではないか」
「わかりました、衛鞅に申しておきます」
景監は屋敷に戻って衛鞅に告げました。
「公は、ご不興だ」
なにやら、衛鞅も考えてみているようでした。
「もう少し時間をくださいまし、私の夢なのでございます。もう少し、この道を説かせてくださいまし」
次の進講日がやってきました。衛鞅はゆっくりと話を進めます。
孝公は時々居眠りをして、集中できない様子でした。
「お前の客人は、やはり下らぬことしか話せないのかのう、どうしてこのようなたわごとを用いることができようぞ」
衛鞅はむっとしたようでした。姿勢を正すと、また比喩を交えながら、別のことを話し始めました。
その日の進講は何とか終わりましたが、景監ははらはらしていました。紹介した自分の面子もあります。屋敷に戻った時に、衛鞅を責めました。
「いったいどうしたんだ、孝公様に話が通じていないではないか」
衛鞅は答えました。
「私は、孝公様にお話しするのに、帝王の道をもって話してきました。しかし興味を示されなかったのです」
衛鞅は無念なようでした。
「そのお気持ちを引き付けることができなかったようです。少し内容を変えてみます」
五日ほど準備をして、また孝公に衛鞅は進講を行いました。
今度は孝公の目が輝きだしました。興味をもって話を聞いている様子がうかがえます。
しかし孝公はまだ納得していない様子でした。
「うーむ、面白いことは面白いのだがのう、なんか私の求めているものと違うようなのだ。おまえの客人はやはり役に立たないのう」
景監はまた衛鞅を責めました。衛鞅は迷っていたようでしたが、決心を固めたようでした。
「わかりました。それではやってみましょう。私は今度は王の道をもって説いたのですが、王はそれでも納得なさらなかったようです。お願いいたします、もう一度機会をいただきますように」
景監は渋る孝公に説いて、もう一度衛鞅に進講をさせました。
今度は成功しました。
「よかった、よかったぞよ」
孝公は満悦の様子でした。
「とてもよく分かった。ただあれを秦の国で用いるのは、難しいかもしれないがな。ともかく、お前の客が才能があるのは分かった、私も納得したよ」
衛鞅は景監からそれを聞いて、しばらく黙然としていました。そして考え込んでいるようでした。
「私は孝公様に覇道(帝、王、覇で徳が異なるとされる。覇者は最も徳が低く、現実的)を説きました。そのやり方について、孝公様はご納得はなさったようでございます。しかし、私が用いられるためには、もう一度お会いして、お話せねばなりますまい」
衛鞅が次に孝公に進講したとき、孝公の目は真剣でした。孝公は身を乗り出すようにして衛鞅の話を聞き、かぶりつくように衛鞅の話を味わっていました。進講は、ぶっ続けで数日に及びました。孝公が求めたからです。数日を費やしても、孝公はまだ聞き足りない様子でした。
景監は衛鞅にたずねました。
「いったい何の話をして差し上げたのだ」
「私は孝公様にお話しするのに、
そういうと、衛鞅は笑いつつ、ため息をつきました。
先に
そして衛鞅の説いたことのうち、国を強くする方法、国を富ませ、兵を強くする方法を、秦は選んだのです。
強力な軍事力と、豊かな富を持った国家、それが、西北の辺境に誕生しました。
そしてそのことが、秦の今後の道筋、中国統一、帝国の創造への道を決めたのです。