出会い

文字数 2,308文字

 これは、僕がかつて勇者と呼ばれる人物と旅をして、ついに宿敵を倒したときの物語である。 


 


 五年前、勇者ゼファーは、大陸全土を恐怖に陥れていた魔王ハンデルスガイストを倒し、世界に平和をもたらした。栄光に包まれ、生きながら伝説となった。しかし、そんな勇者の現在の居所を探すのは、たやすいことではなかった。 


 てっきりどこかの国の君主にでも召し抱えられていると思ったのに。

 どうやら勇者一行は諸国を放浪しているらしいのだ。 


 三月ほど前、大陸南部のブロイント皇国を荒らし回っていた魔物の一党を、勇者が征伐したという噂を耳にした。僕は大急ぎでブロイント皇国の都ブラジェイへ向かった。しかし僕がブラジェイへ着いた頃には、勇者たちはとっくに旅立った後だった。
 僕は懸命に聞き込みをして、情報を集めた。金も地位もない小童 (こわっぱ)の僕だが、あきらめない根性と時間だけはたっぷり持ち合わせていたのだ。 


 風の噂をつぎ合わせて、僕はブラジェイを出た後の勇者一行の足取りを追った。

 そして、ついに、つきとめた。 


 


 カシュパールと呼ばれる山あいの村落。一面に広がる畑の中に家がぽつりぽつりと散在している、のどかな所だ。まばゆい青空の下、生育の良い畑の苗たちが苛烈な日光を果敢にはね返している。空気は熱をはらんでいるが、時おり吹きすぎる風は意外とひんやりしており、近づく秋の気配を感じさせる。 


 僕は、村人に教えてもらった道を進み、村長の家へ向かった。 


 村長宅は「屋敷」と呼んでもいいような立派な建物だった――もちろん「この辺りの基準で」ということだが。

 敷地の中には屋敷のほかに、納屋らしい建物が二つと、今にも崩れそうな古い小屋がある。

 その二つの納屋の屋根に、男と女が一人ずつ取りついており、ハンマーをふるって修理の最中だった。力強い槌音が規則正しく響き続けていた。 


 僕は中庭の真ん中に立ち、屋根の修理をしている男女を見上げた。 


 男はくすんだ金髪で、女は鮮やかな赤毛だ。二人とも四つん這いになるようにして屋根に取りついているので、僕からは顔が見えない。けれども二人のたくましい腕と筋肉の盛り上がった背中は下からも見て取れた。 


「よぉミリアム。『こだまごっこ』でもしようぜ」 


と、のんびりした男の声。 


「何だよ、『こだまごっこ』って」 


と、よく響く歯切れの良い女の声。 


「おまえ何か言ってみて。そしたら俺が、こだまになって、その通りに返すから」 


「……おーい」 


「『おーい』」 


「腹減ったぞー」 


「『腹減ったぞー』」 


 女は少し考え込む様子を見せた。その間にも釘を打ち込む手は止まらない。 


「えーっと。生麦生米生卵」 


「『生麦生米生卵』」 


「赤巻紙青巻紙黄巻紙」 


「『赤巻紙青巻紙黄巻紙』。へへん、楽勝だぜ、そんぐらいっ!」 


「……ゼルブストイス・トアイネベ・ジーフングディ・ジッヒゼル・ブトベトリフト」 


「ちょ、待てよ。それ暴風術式の呪文じゃん。俺がそんなの復唱したら、この屋敷全部吹っ飛んじまうって」 


「魔力こめなきゃ大丈夫だろ?」 


「だめだめ。呪文を唱えるときは、無意識のうちに勝手に魔力こめちまうから」 


「じゃあ、ゲームはあんたの負けだね、ゼファー。こだま失敗ってことで。……あ。釘が足りなくなっちゃった。ねえ、釘五、六本分けてよ」 


「りょーかーい」 


 男の左手が目にもとまらぬ速さで一閃した。

 次の瞬間、宙にかざされた女の左手の指と指の間に、釘が現れた。――超高速で納屋から納屋へ投げられた釘を、女はろくに見もせずに受け止めたのだ。 


 それだけ目撃すれば、もう十分だった。僕は大きく息を吸い込んで、声をはり上げた。 


「すみませーん。あなた方は勇者一行ですか?」 


 男が屋根にハンマーを打ちつける手を止めて振り返り、僕を見下ろした。初めて見るその顔は、無精ひげに覆われ、薄汚れていた。ふにゃっとした印象の童顔で、きらきら光るまっさおな瞳は子供みたいだったが、たぶん年齢は二十代前半だろう。 


「そぉだよー。俺がゼファー。あっちにいる筋肉ゴリラがミリアム。戦士だ」 


 誰が筋肉ゴリラじゃグォラアア、という女の抗議をさらっと無視して、「で、そのへんの隅っこで草むしりをしてるのが魔道士のハンス。もう一人、僧侶のカヤってのがいるんだが、たぶん今ごろどこかで病人の治療でもしてんじゃねーかな」と勇者は紹介を終えた。 


 自己紹介には自己紹介で応じるべきだと思ったので、僕も、


「僕はエリスです。ヤスロラフ王国から来ました」


と名乗った。 


「そっかー。よろしくな、エリス」 


 軽い口調で答えて、勇者は再びハンマーをふるい始めた。 


 かつて魔王を倒した勇者一行が、なんだってこんな山奥で屋根の修理や草むしりなんかしてるんだ。急激にふくれ上がる疑問で僕の体は爆発寸前だったが、とりあえず、勇者に出会えたら言いたいせりふはずっと前から決まっていた。まずはそれを相手にぶつけてからでなければ始まらない。 


「お……お願いがあるんです、勇者ゼファー」 


「いいよぉ。おばあちゃんの肩叩きから大工仕事、引っ越しの手伝いまで、何でも引き受けるよぉ。言ってみな?」 


 ちょっと待って、何かがおかしい。僕の頭の隅で理性という名の小人が絶叫していたが、僕はそれを無視して叫んだ。 


「僕を、あなた方の仲間(パーティ)に入れてください。魔王ケルンクラフは、僕の家族も友達も……大切な人すべてを奪った。僕はなんとしてでも、この手で仇を討ちたいんです」

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