終末の騎士団

文字数 1,759文字

 その日、キールは九つ下の弟と一緒に遊んでいた。緑の梢から降り注ぐ陽光は暖かく穏やかで、いつもの日常が続いていくのだと、そう感じさせるには十分すぎた。しかしその日常も突然壊れることとなる。

「ド、ドラゴンだぁ――――――!」

 突如村に現れたのは、全身を堅いウロコに包んだドラゴンだった。一頭のドラゴンは我が物顔で村の中を闊歩し、自分の進路を妨害する建物を無慈悲に破壊していく。時には口から火を吐き出し、逃げ惑う人々の様子などお構いなしで、悠々とした態度のドラゴンに、村人たちは為す術がない。

「お兄ちゃん……」

 キールの弟、マルクが不安そうな声を上げ見上げてくる。キールは幼い弟の手を取ると、

「逃げるぞ」

 そう言って駆け出した。
 逃げ惑う村人たちの波に乗り、キールとマルクも走る。どこに逃げたら良いのか分からなかったが、とにかくここにとどまるよりはマシだ。そう思って幼い弟の手を引きながら走るキールだったが、マルクが木の根に足を取られて転びそうになってしまった。

「マルク!」

 キールが慌ててマルクを抱きかかえる。しかし、足を止めたその一瞬を見逃すことなく目の前にはドラゴンが迫ってきていた。
 一瞬にして村を壊滅させているこのドラゴン。
 どうあがいたって、一介の村人であるキールが勝てる相手ではない。キールはマルクをかばうように抱きかかえると、涙目になりながらも目の前のドラゴンを睨み付けた。

 するとその時、一陣の風が吹いた。

 思わず目を閉じたキールが恐る恐る目を開ける。その視界に入ってきたのは、王都直属の紋章が入った風になびくマントと、大きな背中だった。

「終末の、騎士団……?」

 それはこの村を含む、大陸を治める王都に仕える騎士団の象徴だった。キール自身、その存在をこの目で見るのは初めてのことだった。

「坊主、立てるか?」

 目の前にある背中から声がする。低く鋭い、地を這うようなその声音に、キールはぶるりと身震いをした。

「俺が合図をしたら、チビ介を担いで走れ」

 低い声の指示にキールはマルクを抱き上げながら、その背中に頷いた。

「グルルルル……」

 ドラゴンが唸る。まるで獲物を横取りされたことを怒っているかのようだ。そしてドラゴンがその翼を大きく広げた瞬間、

「走れ!」

 騎士団の団員であるだろう男の声に、弾かれたようにキールは走った。背後ではもの凄い音がする。
 肉を切り裂くような音に加え、鉄の匂いが漂ってきた。
 キールは瓦礫に足を取られないように懸命に走り、そして安全な場所と判断したところでマルクと共に後ろを振り返る。

 そこではドラゴンを囲んだ終末の騎士団たちが攻防戦を繰り広げていた。そして先程、キールたちを助けてくれた男がドラゴンへと駆け寄る。一気にその距離を詰めて、男はシルバーの剣を深々とドラゴンの心臓へと突き立てた。
 ドラゴンは一瞬だけ大きく目を見開くと、そのままバタリと大きな体躯を倒す。

「おぉ――――――!」

 それを遠巻きに見ていた村人たちから歓声が上がった。キールはその姿を呆然と見つめるしか出来なかった。



 ドラゴンの急襲はこうして解決したものの、キールたちの村は壊滅状態となり、焼け残った家々の残骸があちらこちらに点在していた。それでも村を救ってくれたことに変わりはないこの、終末の騎士団たちを、村人たちは精一杯もてなそうとした。

「我々は、この後このドラゴンの巣へと向かうことにしているので」

 終末の騎士団の団長はそう言うと、村人たちのもてなしを断り出立の準備を進めていく。それを見ていたキールは団長の前にやって来ると、

「なぁ、おじさん。どうしたら俺も、おじさんのように強くなれる?」

 ドラゴン退治を見ていたキールの純粋な質問だった。もしかしたら、騎士団に入ることが出来たら、自分も強くなれるのではないか。
 そんな期待を込めて尋ねた。
 騎士団長から返ってきた言葉は意外なものだった。

「そうだな。まずは、大人になれ」
「は?」
「同じことは二度と言わん」

 騎士団長はそう言うと、話すことはもうないと言わんばかりに自分の部下たちの元へと歩いて行ってしまった。
 終末の騎士団はその後、隊列を組むと一糸乱れぬ行進でキールたちの村を後にした。生き残ったお年寄りたちはその行進を、両手をすりあわせながら拝んでいた。 
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