第4話 街

文字数 2,110文字

 明くる日、ミラに言われた通り銀嶺は空中庭園へ向かった。高層建築物群の屋上に建物を跨ぐように作られた庭園である。中央に大きな噴水が有り、そこから庭園中を水路が走っていた。丸く刈り込まれた低木が可愛らしくユーモラスな空間を演出している。高木(こうぼく)は三角垂に刈り込まれ、バランス良く配置されていた。所々にパッションピンクのツツジに良く似た花が咲き誇り、庭園にコントラストを与えている。花は銀嶺のイメージに合わせて、ゆらゆらと色彩を変化させた。
 
「地球にも庭園は有るけど……。アストラル界の植物は段違いに美しいわ」


 銀嶺はゆっくりとこの愛らしい植物達を眺めながら、庭園中を歩いて回った。周りに遮蔽物がないので、あたかも空中に庭園が浮かんでいるかの様だった。銀嶺は不思議な浮遊感を楽しんだ。


 庭園を堪能した後、夕方はオペラを聴きに行く事にした。オペラハウスは大きなドーム型の建物で、入り口には既に大勢の人が詰めかけている。パンフレットを見ると、演目はソプラノ歌手、レディ・ドゥーベによる『アストラル銀河』だった。銀嶺はワクワクしながら中央の真ん中の席に座った。館内の照明が消え、ステージにスポットライトが当たると、レディ・ドゥーベが現れた。距離が有るので顔立ちは良く分からなかったが、背の高いグラマーな女性だった。ロイヤルブルーの身体にピッタリとしたドレスを来ている。首にキラキラと輝くネックレスを着けていた。背後のスクリーンに宇宙の映像が映し出される。


 初めは小鳥のさえずりのような微かな声で歌は始まった。館内の観客が耳をそばだてているのが分かる。オーケストラの調べに乗って歌声は段々大きくなり、流麗な中間部に繋がった。銀嶺は自分がスルスルと滑り出すような感覚に襲われた。最後は壮大な宇宙空間を思い起こさせる圧倒的なクライマックスで終わった。まるで調べに乗って、宇宙遊泳をしているかの様だった。会場中が感動でうち震えた。皆の感動のエネルギーが相互に干渉し合って、増幅されていく。銀嶺は暫く座ったまま、動くことが出来なかった。興奮冷めやらぬままオペラハウスを後にした。


 次の日。

「やっぱり、気分転換に服も必要よね。着たきり雀じゃね」

銀嶺は中心街へ向かった。道行く中年女性に、

「すみません。服を手に入れたいんですけど、デパートって何処に有りますか?」

と聞いてみた。

「ああ、それなら目の前の建物がそうよ。フォーマルからカジュアルまで、なんでも有るわ」

「有り難う」


 銀嶺は鼻唄を歌いながら目の前の巨大なデパートへ入った。案内板を見てカジュアル服のコーナーを探す。二十階から三十階までがカジュアルコーナーだった。エレベーターで二十階にたどり着き、目ぼしい店を探して回る。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

真っ赤なスーツに身を包んだスタイルの良い女性が声をかけてきた。

「ええと、普段着を幾つか欲しいのよ。ジーンズにTシャツとかそういうの。地球のファッションだけど、ここにも有るかしら?」

「御座いますよ。そういった物をお探しでしたら、こちらです」

店員はにこやかに微笑んで歩き出し、『ハッピーアース』と書かれた店の前まで銀嶺を案内した。看板を見て、銀嶺はふと思った。

「そう言えば、ここは地球じゃ無いのに、看板は地球の言葉だし、店員とも普通に会話してる。何故かしら?  睡蓮さん!」

銀嶺は睡蓮をイメージして念話してみた。

「何でしょう?」

「地球以外の人達と普通に会話が出来るのは何故?」

「アストラル界は想念で繋がっています。念話で話しているようなものです。それぞれの言語の違いは意味を成さないのですよ」

「そうなの。便利ね」


 銀嶺は納得して服を物色し始めた。ブルーにインディゴにホワイトのジーンズを手に取る。白い無地、白地に紺のボーダー、ローズピンクのTシャツを手に入れると、カウンターに行き、店員に声をかけた。

「これが欲しいんですけど、このまま持って行って良いものなの?」

店員は、

「お包みします。それと、ここにサインだけして下さい。返品の時などに必要になりますから」

と笑った。服を入れた手提げ袋を渡されると、銀嶺は、

「そうだわ。カイラスには海が有るんだった。水着も選んで行こう」

と水着売り場へ向かった。


 売り場へ着くと、水着を見て回る。沢山有って悩んだが、ミントグリーンのビキニに決めた。


 次の日は海へ行くことにした。軌道トレインで海水浴場に到着すると、広い砂浜の遥か向こうに紺碧の海が広がっていた。砂の白と海の碧が見事なコントラストを描いている。地球で言うところの海の家の様な木造の施設で水着に着替えると、銀嶺は思い切り海まで走った。勢い良く飛び込み、得意の平泳ぎで沖へと向かう。途中で海水が暖かくなったり、冷たくなったりするところは地球と同じだった。銀嶺は泳ぎを止めて仰向けに浮かんでみた。ギラギラした太陽が目に入る。青空に真っ白な雲がゆったりと流れていた。プカプカ浮かんでいると、自分と海の境界線が無くなって、無限の生命力を秘めた海に溶けていく様である。

「宇宙っていうのは無限の海の様なものかも知れないわ」

銀嶺は呟くと再び泳ぎだした。
 
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