3ー2 外縁星系

文字数 3,851文字

「船籍ナンバーMDGTー〇四九七七一二三六六〇〇、登録名『大風呂敷(ボンバスティカ)号』、こちらミッダルト宇宙港管制です。貴船の入港申請を受領しました。今から九百秒後に入港用ガイドビームの照射を開始します。ガイドビームの照射時間は一万八千秒になりますので、時間内に指定のドッキングポートへ速やかに入船願います」
「『ボンバスティカ号』からミッダルト宇宙港管制へ。受領連絡了解した。これより入港に取りかかる」
 宇宙港管制との連絡を切ったリバーは、誰に聞かせるわけでもなく毒づいた。
「散々待たせておいて、いざ連絡寄越したと思ったらケツを叩くようなこと言いやがって。だから管制の連中とはそりが合わねえんだ」
「船長それ、入港の度に言ってますよね」
「うるせえ」
 背後に着席するビコの茶々を、リバーが問答無用の一言で黙らせる。
 リバーたちが乗る小型貨物宇宙船『ボンバスティカ号』はおよそ半月あまりの航程を終えて、銀河連邦加盟国である惑星ミッダルトの宇宙港の貨物宇宙船用ドックに停泊した。
 ドックの使用料は時間制だから、メンテナンスに必要な期間以上に居座るのは好ましくない。早々に用事を済ませて引き払うのが鉄則である。ただ出発地のチャカドーグーからこのミッダルトまでの航路は銀河連邦域内に収まり、また比較的距離も短いため、推進剤もそれほど消費していない。加えて今回の積荷であるレアメタルはここ数年安定した取引にも恵まれて、リバーにとっては確実な黒字が見込める貴重な収入源のはずであった。
「それがまさか半分も捌けないとは、計算違いもいいとこだ!」
 リバーは蒸留酒が零れるのも構わずに、手にしたタンブラーをテーブルの上に叩きつけた。
 塩化ビニール製のテーブルは天板を微妙にしならせながら、タンブラーの分厚い底の衝撃に悲鳴を上げる。だが周囲には大勢の客がひしめき合い、喧噪とそれ以上に音量過多なBGMが充満する、猥雑な飲食店の中のことだ。彼の怒りに関心を払う者といえば、同席するビコのほかにはいなかった。
「積荷の仕入代にドック使用料、推進剤の補充分、その他消耗品代諸々差っ引いても十分手元に金が残るはずだったのに、このままじゃ大赤字だ」
「船長、それじゃ俺の今月の給料は?」
「俺の取り分も残らねえのに、《オーグ》よりまし(﹅﹅)ってだけのひよっこに出せる給料なんてあるか。衣食住を恵んでやってるだけでも有り難いと思え!」
 無茶な言い草を怒鳴り声で浴びせかけられて、ビコは半分ほどエールが残ったタンブラーを両手で抱えたまま、情けない顔を浮かべた。
「でも仲買人はどうしていきなり買い渋ってきたんですか。今回はいつもより多めに買いつけて、その分単価も安いのに」
外縁星系(コースト)産の安価なレアメタルが、もう市場に出回ってやがる。その前に最後のひと稼ぎを狙って仕入れたつもりだったんだが、どうやら遅かった」
 銀河連邦は十年以上前から新たな惑星開拓に力を注いでおり、そうして切り拓かれた惑星たちは外縁星系(コースト)と総称されている。そのひとつ、惑星ジャランデールで大規模なレアメタル鉱床が発見されたという情報は、リバーの耳にも届いていた。ジャランデールで発掘されたレアメタルが大量に流通すれば、やがて相場は暴落する。その前に素早く動いたつもりだったのだが、実際には一歩出遅れたらしい。
 リバー自身の完全なミスである。それがわかっているだけに彼は、せいぜいビコに八つ当たりすることしか出来なかった。
「しかも協会の登録更新料の納付期限も迫ってるときてる。これだけは滞納するわけにはいかねえ」
 協会とは、正式名称を銀河連邦貿易商人協会と言う。リバーのように銀河連邦に属する独立貿易商人の保護を目的とした、連邦通商局傘下の組織である。
「あの、船長はいつもその更新料の支払いに追われてるように見えますけど、もし払わないでいるとどうなっちゃうんですか」
「どうなっちゃうかだと」
 ビコの素朴な質問に、リバーは引き攣ったような笑顔を向けた。
「もし更新料を滞納したままだと、協会からはそのうち除名されちまう。そうなるとどうなるかっていうとな。協会経由の低利率の融資も、仕事の斡旋も受けられない。事故ったときの保障もない。それどころか協会名義の宇宙港ドックも使えないし推進剤の補給も受けられない。メンテ代も含めて、全部今までの倍以上の価格に跳ね上がるんだよ」
「ええ、それってつまり……」
「つまり俺みたいな零細商人にとっては身の破滅。ローンが残る『ボンバスティカ号』は債権者に差し押さえられて、俺もお前も無一文に転落さ」
 リバーの説明は脅し半分、真実が半分といったところである。実際には貿易商人協会の登録料や規制を嫌って、無所属でやり繰りしている貿易商人がいないわけではない。だがそういう商人は極めて特殊な商材を独占的に扱っていたり、または特定の太い客とのパイプを持つ者がほとんどだ。そのどちらでもないリバーにとっては、多少の制約や登録料と引き替えにしてもメリットの方が大きいのである。
 少なくとも彼自身に限っては、協会からの除名処分は致命傷に等しい。
 リバーは空になったタンブラーを脇に追いやって、テーブル中央に嵌め込まれた現像機(プリンター)から追加の蒸留酒をひったくる。やけくそ気味の船長の横顔に向かって、ビコは思い詰めたような口調で訴えた。
「こうなったらもう、借金するしかないですよ」
「誰が金を貸してくれるっていうんだ? いくらなんでも協会の更新料を支払うのに、協会の融資は使えねえぞ」
「協会じゃなくって、ほかにお金を貸してくれそうな人がいるじゃないですか」
 ビコの言葉に、リバーの右眉がぴくりと跳ね上がる。そのまま若い乗員(クルー)を見返した彼の顔には、アルコールによるものだけではない、あからさまに据わった目つきがあった。
 船長の表情の変化に一瞬怯みながら、それでもビコは口を開く。
「あの人ですよ。俺に船長を紹介してくれた、フーゴさ……」
「あいつの名前は口にするな」
 リバーはビコの言葉を遮るように言い放つと、蒸留酒入りのタンブラーをおもむろにぐいと呷った。喉を鳴らし続けて、やがてテーブルの上に置かれたタンブラーの中身は、あっという間に半分以上が飲み干されていた。
「あいつは宇宙船から下りて、もう五年もテネヴェに引きこもりっきりだって言うじゃねえか。そもそもあいつが後任にお前を薦めてきた時点で、俺との縁はもう切れた」
 アルコールの臭気と共に吐き出された言葉には、まるで己に言い聞かせるかのような強い響きがある。
「いや、あいつが縁を切ったんだ」
 何か言いかけようとしたビコは、想像以上に思い詰めた表情のリバーを見て口をつぐんでしまった。
 無言になった乗員(クルー)の顔を一瞥して、リバーはなおもタンブラーを呷る。耳をつんざくほどの音響に包まれた店内で、ふたりの席の周りだけ空気が重い。
 リバーもビコもしばらく口をきかないまま、卓上の皿に積み上がったフライドボールには手もつけず、互いに蒸留酒とエールを飲み下し続けた。やがて何杯目かのタンブラーの中身も残りわずかになって、さすがに目の周りを真っ赤にしたリバーが忌々しげに呟いた。
「それにしてもジャランデールか。今回の取引が終わったら次こそ外縁星系(コースト)へと思ってたんだが、完全に後手に回ったなあ」
 外縁星系(コースト)の開拓はここ数年急速に進み、新たに開拓された惑星は間もなく十を超えようとしている。未開の星を切り拓くわけだから当然リスクは大きい。だが彼のような零細の貿易商人がそのリスクを乗り越えて宝の山を見出し、大きなリターンを手にしたという噂も後を絶たない。外縁星系(コースト)の開拓が奨励されるこの時代は、貿易商人が飛躍する大きなチャンスのはずなのだ。
 ただリバーはそのチャンスを見極め損ねた側であり、今さら飛びついてもコストほどの成果を得られるかは怪しい。そのことがよくわかっているからこそ、口を突いて出る嘆息にも実感がこもる。
 再びタンブラーを持ち上げたリバーが、もはや空だということに気がついて舌打ちした、そのときである。
「ジャランデールに行かれるんですか?」
 背後からの声を受けて、リバーが無言で振り返る。酒精に濁った彼の目に映ったのは、リバーよりは年若くビコよりは年長だろうと覚しき、黒髪を丁寧に整えた線の細い男性であった。
「済みません、ジャランデールという言葉が聞こえまして、思わず声をかけてしまいました」
 青年は恐縮した体を取りながら、リバーに口を挟む暇も与えずに喋り続ける。
「おふたりは貿易商人をされているんですよね。それでしたらひとつ、僕の依頼を受けてもらえないでしょうか」
「……なんだ、あんた。いったい何者だよ」
 やや焦り気味に捲し立てる青年は、露骨に不審げな視線を向けられて、名乗りすらしていないことにようやく気がついたようだった。
「これは失礼しました。僕はブライム・ラハーンディ、ミッダルト総合学院で準導師をしています」
 青年はすっと背筋を伸ばし、胸元に右手を当てて自己紹介した。ミッダルト総合学院といえばこの惑星ミッダルトのみならず、銀河系でも有数の教育研究機関である。そこで導師に次ぐ準導師たる者が利用するには、この店はいささか場違いであった。
「その準導師様が、しがない貿易商人にいったいどんな用件だ」
 呂律も怪しいリバーの訝しげな問いに対して、青年準導師は切迫した面持ちで口を開いた。
「お願いです。どうか僕と妻を、ジャランデールに連れて行ってもらえないでしょうか?」
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登場人物紹介

シンタック・タンパナウェイ:第一部に登場。

ドリー・ジェスター:第一部・第三部に登場。

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