前編
文字数 1,449文字
何もないがらんとした空間に、たった一つの家具が出現しただけで、その場の雰囲気が、途端に絵になってしまうことがある。
そんな個性的な存在感を放つ家具達は、モダンで、何処かしら生き物めいた匂いがする。
そうして、それらが持つデザインの特性や、フォルムの美しさに惹かれる者は、少なくない。
世界的に高名な画家である砂川紫堂も、そんな家具の魅力に取り付かれた一人だった。
砂川は、人物画も風景画も、それなりに器用にこなす画家だったが、彼を世界的に有名にしたのは、ある一つのモチーフが繰り返し登場する、一連の静物画だった。
そのモチーフというのが、ハンス・ブラットルゥというノルウェーのデザイナーがデザインした、スキャンディアジュニアと名付けられた椅子である。
その椅子に施されているデザインの画期的なところは、埃が溜まりにくいように、斬新な工夫がなされている点だ。
どういうことかと言うと、背凭れと座面を構成しているのが、たった八本の細木なのだ。
それらが背凭れの天辺で寄り集まり、途中で美しく湾曲し、座面の端に行くに従って、フォークの先端のように、緩やかな広がりを見せる。
その過程で生まれたスリットが、冴えたデザイン性を発揮し、埃を溜まりにくくしている所以(ゆえん)だった。
材質にはローズウッドが使われており、その深みのある色合いと、上質な艶が、落ち着いた華やぎを添えていた。
砂川は、その椅子一脚に対して、実に様々な小物を組み合わせ、深い味わいのある見事な静物画に仕立て上げていた。
それは例えば、古びたトランクと椅子、ひまわり数本と椅子、錬鉄(れんてつ)製の鳥籠と椅子、ワインの空き瓶と椅子、レースのショールと本数冊と椅子、といった具合だった。
そして、彼の作品を見ていると、同じ古びたトランクを組み合わせるのでも、椅子の足許に配置した場合と、座面の上に乗せた場合では、その構図がまるきり違ってくることに、新鮮な驚きを覚える。
それはまるで、同じ瞬間が二度とは存在しないということを、暗示しているかのようだった。
或いは、似たような日常の連続でも、見る角度を変えるだけで、新たに発見出来る何かが、まだまだ潜んでいるという暗示のようでもある。
そういったしみじみとした味わい深い作品群を、数多く残した砂川紫堂だったが、残念なことに、三年ほど前、脳腫瘍に罹(かか)ってこの世を去った。
享年四十八歳だった。
そうして砂川亡き後、彼と長年連れ添った、四歳年下の妻である茜が残された。
そして、フリーライターである僕の今回の取材相手は、何を隠そう、彼女だった。
四ヶ月後に控えた砂川紫堂の回顧展に向けて、美術誌で特集を組むことになり、その中の企画の一つとして、砂川茜にインタビューを試みることになったのだった。
砂川茜は、二十代の頃、ほんの数年の間ではあるものの、主役級の役柄を射止めたこともある、存在感のある女優だった。
そして、砂川の初期の頃の人物画には、艶(あで)やかな美しさを湛(たた)える彼女の姿が、多く描かれていた。
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・・・ 後編へと続く ・・・
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