第4話 コンプレックスを力に☆

文字数 3,577文字

学校から歩いて10分ほどの距離にファミレスがある。
うちの高校では、友達と自習したり、カップルが行きつけで来る店だ。

「あ、ヒイラギさん。お待たせいたしました」
ヒカルは、そう言って、奥の観葉植物が並んだテーブルに座る女性に挨拶をした。
ヒイラギという名の女性は、座っていた場所から立ち上がり、ボクらに向かってお辞儀をした。
身長は170cmほどある。モデルのようなスレンダーな体型だった。
ヒイラギさんのお顔はマスク越しでよく見えなかったが、表情は笑っているようだった。

「あ、ヒイラギさんは初めましてでしたね。こちらは、本日、例の計画のブレーンとしてジョインしてもらった水内カオル君です」ヒカルは、ボクのことについてヒイラギさんに紹介した。
「こ、こんにちは。水内カオルです」ボクは、急にかしこまった状態で、ロボットのような挨拶をしていた。

クスッとヒイラギさんは笑い、ボクに返事を返した。「柊樹里と言います。現在24歳の社会人です。大学時代は理論物理学を専攻していて、今は会社でプログラマーをやっています」
「彼女は大学を優秀な成績で卒業し、今は世界でも有数のIT企業の日本支社に勤めているエンジニアだ」不動先生は補足で、ヒイラギさんの紹介の後に続けて話した。

「この人がアイドル志望の方なのか。てっきり募集は高校生に限定するのかと思ったよ・・・」ボクは、大人の女性とファミレスのテーブル越しで向き合うことになり、
慣れない距離感に、思わず萎縮してしまっていた。
不動先生は、テーブルの上にあるベルを押し、店員を呼んだ。
その後、ドリンクバー4人分を注文すると、
「みんな何を食べる?」とボクたちに向かって尋ねた。
ヒイラギさんは、抹茶の白玉ぜんざいを、ヒカル君がパンナコッタを、
不動先生はガナッシュを、ボクは、ピスタチオのケーキを注文した。

「ヒイラギさん、例の件。結論は出せましたか?」
ヒカルは、ヒイラギさんの黒い瞳の奥をのぞき込むように尋ねた。
「うん。お話はすごく嬉しい。でも、私は自分に自信がなくて」
「ヒイラギさんは、自分の病気にコンプレックスを抱えていたんですよね。そのコンプレックスを克服するために、自分の足で生きていくことを決意して、学生時代は猛勉強をし、大学は主席で卒業された。そして、今は名だたる世界のIT企業で活躍されている。ヒイラギさんは自分を恥じること何てないです。自分のような浮き草みたいな生き方をしている人間の方がよっぽど恥ずかしいですよ」ヒカルは、マスクを着けてうつむき加減のヒイラギさんを諭すように言った。

ボクは、「おいおい、それは謙遜しすぎだろ」とヒカルのことを思いながら、
ドリンクバーで入れてきたメロンソーダをブクブクさせていた。
「そうか、水内はヒイラギさんの病気のことを知らなかったな」
不動先生は、ボクの顔を見て言う。
「ヒイラギさん、コイツは悪いやつじゃない。この不動が保証する。だから、一旦そのマスクをとって、水内に病気のことを説明してくれないか」不動先生は、ヒイラギさんにお願いをした。
「ええ、水内君なら」そういい、若干、目が陰りを見せていたが、ヒイラギさんはマスクをとって、隠れていた素顔をボクに見せてくれた。

マスクをとったヒイラギさんは、ボクに病気について説明してくれた。
「私、生まれですぐ、口唇裂と診断されたんだ。上唇が割れた状態で生まれたの。今は手術をして普通に見えるかもしれないけど、それでも、普通の人と比べると、唇が小さくなっちゃうからヘンだなってばれちゃうんだよね。手術は生後間もないときにしたから、手術の記憶はなかったんだけど。幼稚園、小学校、中学校と辛かったわ。私の黒歴史ね。ヘンな子と指を指され、同級生のお母さんからは、「女の子なのに、顔に傷を抱えてかわいそう」と哀れむような目で見られていたわ。私はそんな幼少時代を過ごして、すごく内気な性格になってしまっていたの。小さい頃は活発な女の子だったと両親は言うんだけどね。そして、高校に入って私は思ったの。生まれも見た目も関係ない、自分の実力だけを評価してくれる環境に身を置きたいって。そこから私は、苦手だった数学と物理に愚直に取り組み、なんとか現役で、理学部の物理学科に進学したの。宇宙が好きだったから、天体物理学へ進学しようと思っていたけど、演習でお世話になった先生から声をかけられて素粒子物理学の研究室に進学することにしたの。そしたら、毎日が楽しくて。研究室の仲間は、性別・国籍・容姿にとらわれない、ただ研究室の中にあるのは、論理と数式の世界でしたもの。私はこの分野が楽しくてしょうがなかった。でもね、私、大学院に進学するほど家計に余裕がなかったの。奨学金を借りながら大学へ進学していたから。だから、私は指導教員の誘いを断って、今は会社でプログラミングを行うエンジニアとして仕事をしているわ」ヒイラギさんは、続けてボクたちに話しかける。

「でも、社会に出て現実の不条理と不平等を痛感したの。社長室の秘書や広報、人事の採用面接に配属される女性は、みんな綺麗な人ばかり。男の人はいうわ。美人な子が職場にいると男連中は、それだけでハイパフォーマンスを出してくれるだなんて。企業のCMだってそう。男の嗜好で選ぶ女性が、企業の広告塔になってCM出演をするわ。私は男の人に優しくされたことはないの。大学は良い意味で男女平等だったから、女の子だから優しくしてくれるという環境では無くて、一人の研究者見習いのような形で私に接してくれたわ。でも、この社会は違うの。か弱い女の子を、男の子が気を利かせて女の子を守ってあげる。そんな構図が日本という国では当たり前になっている。女性は家庭に入るのがスタンダードという考えも、昔ほどでは無いけど根強い社会だと思うの、私は、この憤りを社会にぶつけたい、そう思っているけど、一人の人間の声なんて儚いのよ。すぐに消されちゃう。これだから女は。すぐに感情的になる。少しは大人になりなさい。スーツを着た最もらしい顔をしたオジさまたちは、私に向かってこうたしなめるのよ。男性並みにバリバリ働くと、男性からは煙たがられ、ハシゴを外される。女性からは、あの子は私たちのグループとは合わないからといって仲間はずれにされる。私、思ったの。この社会を変えてやりたい。私は、自分の頑張りをもっと正当に評価される社会を作りたい、ってね」

ボクは、自分の胸の中に何か熱いものが湧き上がってくるような感覚がした。
話が終わった後、ヒカルはヒイラギさんに改めて尋ねた。
「先日もお話しいたしましたとおり、ボクはアイドル部を発足させようと考えています。ただ、目的は普通のアイドルグループのような、みんなからの注目を浴びるといった趣旨にとどまりません。ボクは、この社会に対する価値の逆転を図りたいと思います。この社会を支配する根強い偏見、慣習、多数派迎合主義に、一石を投じたいと考えています。そのための手段が<アイドル部>です。ボクは、アイドルが大人の都合で生まれた、男にとって都合の良い、か弱くて、良妻賢母で、天然キャラのアイドルグループを作る気は毛頭ありません。むしろ、自分の足で立って歩く、社会に対して価値を体現できる、自分の意志をもったアイドルをプロデュースしたいと考えています。ヒイラギさんなら、アイドル部の活動という媒体を通して、現代社会の既成の価値観に挑戦を投げかけることもできると思っています。ボクも社会に憤りを感じているし、金と利権に汚れた大人の世界に一石を投じたいと考えています」

「同感だ」不動先生はいう。
「私もヒイラギさんの直面した待遇に憤りを隠せないでいる。こんな優秀な人間の本質を見ず、表層的な判断で、人の人生を決めてしまうこの社会のエゴが許せない。この世界は変わるべきだ。そのためには、体制派の秩序に疑問を持つ賛同者を増やす必要がある。アイドルという分野であれば、私たちはより日常の生活を営む人たちに近い立場で、この問題提起が可能になると考えている。いかがだろう」不動先生もヒカルと同様、ヒイラギさんの加入を切望しているようだった。

「ボクもヒイラギさんに、ステージに立ってほしいです」
ボクは何を口走っているんだと頭では思っているが、ボクの口が言うことを聞かない。
「ボクはヒイラギさんこそ、アイドルのステージに立つべきだと考えています。そのためにボクが全力でプロデュースさせていただきます。ボクもこの世界の、得体の知れない何かに操られた今の状況に吐き気を催すときがあります。ボクは、それを何て言ったら良いか表現できません。でも、ヒイラギさんなら、それを怒りという感情で表現できると思うんです」

気づけばボクのメロンソーダに入れていた氷はすべて溶けて水になっていた。
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