第2話

文字数 1,822文字

「本多さん、さっき言うの忘れてたけど、この前の出勤の時にこれ終わらせておいてって言ったよね?」
「……えっ?」

 指さされた先にあるのは記憶のないダンボール。中身はノートとメモパッド、入荷日は確かに2日前の私が出勤した日である。でも、これ日誌に書いてたような……。

「店長、これは社長が中身を確認してから店長が自分で店出しするという話では……」
「変わったって言ったわよ。もう、早く出して。昨日1日店頭に出てなくて売るチャンス減らしちゃったんだから」
「はい」
「じゃあ、あとよろしくね」

 退勤したのにUターンしてきたから何事かと思いきや、まさかの説教タイムだった。側から見たからお客さんになんか言われてる残念な店員だっただろう。まぁ、閉店1時間前なので見てる客なんて居ないだろうが。

 昨日の休み、やろうと思っていた掃除や洗濯以外はベッドの上でボーっとしていた。いつも休みの日は何をして良いかわからず困ってしまう。ただただベッドの上で天井を見るだけ。友人にはネットサーフィンしてたと誤魔化してるが、そんな体力は正直ない。明日もきっと同じ。

「あんたはとりあえず、謎差別してくる上司が居ない雑貨屋に転職しなさい!」
「別に、気にならないよ。まあ、お客さんの前でも私にだけ露骨に冷たい態度とるのは、お客さんが察しちゃって変にネットに書き込みしないかなぁとか思うけど」
「お土産あんたにだけ渡さないとか、給料間違って2万少なく振り込んだのに謝罪なしとか充分ヤバいと思うけどね!!」

 私がかける前から宴を始めていた友人は、いつも以上に顔が赤かった。私は楽しくお酒を飲む気分になれなかったので、適当なことを言ってお茶を口に運んでいる。

「こういう日こそ、この前のイケメン2人組に浄化されたかったねー」
「浄化は言い過ぎだよ。もう東京帰ってるんじゃない?」
「明後日うち来てくれるかなー!」
「はいはい、飲みすぎでーす。お水に変えてくださーい」


「いらっしゃいませー」

 閉店30分前、なんとなく造花の棚辺りから人の気配がしたので姿は見えないが声を出しておく。食品の棚の前に居ると、造花の棚あたりが見にくい。数年前、私が入ってすぐ店長に提案しても「そんな簡単には動かせない、無理」だったのに1年前に入った後輩が入ってすぐ店長に同じことを言ったら「そうね、次の全館休業日に変えましょう」だったな。絶対その移動に私が駆り出されるんだろうな、無給で。

「あの、すいませーん」
「はい、いらっしゃいませ!」

 声の方へ小走りで向かうと、数日前の男の人だった。今日は1人らしい。左手に持っている買い物カゴの中には、造花や文房具が複数入っていた。

「この赤い入浴剤って匂いの見本ってあったりしますか?」
「申し訳ありません、当店はそういうもの置いてないんです。私1度使ったことがあるんですが、かなりいちごの甘い匂いがするので、正直好き嫌いがわかれるかなと思います」
「そうなんですねー。うーん、自分、入浴剤の甘い系が得意じゃなくって。オススメありますか? 甘くなければ大丈夫です」

 自分で使うもの。男性で入浴剤、ということは長湯される方なのか? なんとなく雰囲気を見て、足りない頭を全力で動かして提案をまとめる。

「2つ紹介しますね。まず、こちらの花柄の4つセットです。セット内に1つだけ甘い匂いのものが入ってるのがネックですが。次に、無臭に近い入浴剤はこちらの桜柄のものです。期間限定商品で来年も同じものが出るかわからないので、気に入ったらまとめ買いするのがオススメです」

 相手の顔を見ると、とてもポカーンとしていた。やばい、早口だったか。わかりにくい所があっただろうか。そんなことを考えていると、相手の顔が急に笑顔になった。

「すごいですね!」
「えっ?」
「その、なんて言ったら良いんでしょう。勉強熱心というか、商品のこととか提案の仕方とか、すごく参考になります。僕、あんまり人に説明とか得意じゃないので」
「お、恐れ入ります」
「どっちも1つずつ買います。で、時間あれなんでお会計します」

 時計を見ると、閉店15分前だった。お客さんと話してるといつも時間はあっという間だ。

「レジはこちらです。カゴお持ちしますね」
「いえいえ! 自分で持ちます。買い物の時、カゴが重くなってくのが楽しくって」

 ニコニコしながら話す男性の顔はとても可愛くて、あぁモテそうな人だなぁと勝手ながらに推測した。……とても、私とは縁のない人だ。
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