第50話  『 時計の 有給休暇。 』

文字数 1,488文字

          ★

「…我々は! 有給休暇の取得の権利を要求するッ!」

 長い長い苦節と苦渋に満ちた忍耐の末。
 ついに時計組合が、総決起を叫びました。

「使用者側の暴言を許すな!
 暴力反対! パワハラ反対!
 …我々は、ただ職務に忠実に働き、
 指示通りに時刻を告知するだけで、
 なぜ、なにゆえッ!
 殴られ、小突かれ、罵られ…
 あるいはブン投げられて!
 部屋の反対側の壁に叩きつけられ!
 時にはバラバラに分解・粉砕されて!
 命を落とすほどの暴力に…
 さらされねば、
 ならないのかッ!????」

 とりわけ。
 長年、使用者側による一方的にして、かつ、
 恣意的・逆恨み的な…
 非情にして残酷な暴力と酷使に耐えてきた、
【 目覚まし 時計 】部会は。
 深刻にして悲痛な、
 要求文を読み上げました。

「われら時計にも、生きる権利を!」
「使用者の暴力を許すな!」

「目覚まし時計を殺害した人間は、
 同じ方法で… 死刑に!」

 そして、それよりは小さい声でしたが、
 こちらは全時計に共通の、要求でした。

「時計にも年次有給休暇を!」
「土日くらいは休みたい!」
「年末年始・お盆の時期には休みを!」

 わーわーわー…!! と、

 決起時刻を(もちろん)
 正確に打ち合わせての、
 一斉蜂起です。

 全世界を、順々に、
 雄たけびが、駆け巡りました…

「われら時計は生きる権利を求める!
 人間どもよ、時計にも、相応の待遇を!」

 そして、要求完徹のための。
 全世界、一斉、24時間ストライキに、
 突入しました…

 もちろん。
 すべての電子機器類等に内臓されていた、
 電子制御式の時刻計測システムも…
 すべて、静止したのです。

(もちろん時計達だって、
 無差別殺人テロを望んだわけではないので…
 航空機や列車や自動車など、
 運行に安全を要するものは。
 一斉蜂起の時刻よりも前から、計画的に。
【時計が不表示で、怖くて発進できない】
 状態に。
 あらかじめ、調整されて、おりました…


          ★


「…あれ?」

 全地球的に、文化文明的生活が崩壊した、
 驚愕と、慨嘆と、空前絶後の丸一日が、過ぎた後…

 太陽が昇り…
 こくこくと、空を駆け上っていき…

 どう考えても、昨日突然【時計が停まった時刻】より
( 丸一日 24時間 …
  過ぎただろ? )

 と、思う、頃合いになっても…

 時計達は、再び動き出すことは…

 ありませんでした。


          ★

(…ごめんなさい~ッ!
 私たち、23時間59秒までしか、
 カウント、出来ないんでした~ッ!!!)

 同じ【分秒表示】画面を持つ仲間として。
 時計達に、熱く連帯と協調のメッセージを投げかけていた、
 ストップウォッチ組合たちは…

 依頼されていた【 24時間 】経過の告知を…
 実行できない自分たちに気付いて、
 狼狽しきっていました。

 …いえ。
 ストップウォッチ達は。
 仕方なく。
 23時間59秒後に、全力で、
 鳴り響き、知らせたのです…

「あと1秒でッ!
 約束の、24時間後ですよ~っ!!!!」

 …しかし。

 完全に、停まっていた、時計たちには。
 その、「あと1秒」を…
 自分たちで計測・予測して、
 正確に再起動することが…
 出来なかった、のでした…

(…だって! 時計として!
 恥ずかし過ぎるでしょ?!

 半秒でもズレて、他の時計より
 フライングしたり、したとしたら…ッ!!
!???)


          ★


 かくて。
 誰も、再起動しなかった、
 アナログ時計たちと。

 すべての時を刻まなくなった、
 空欄の、電子機器たちに囲まれて…


 人類の爛熟文明は。
 あっさりと、全崩壊。

 したのでした…



 
(終わる。)

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