研究所

文字数 1,391文字

エリスは深い溜息をつく。
屋敷に居たのは、幽霊ではない。それ以上に厄介な奴だった。

「……引っ越すかな」
「そんな、僕が暇になります」
ルルドが不服そうな顔をする。
「知ったことか」
「僕が居ると便利ですよ」
「例えば?」
エリスに聞かれ
「薬草の調達とか、調合とか。ほら、錬金術師には弟子が必要でしょう」
ルルドが自信たっぷりに言った。

「悪いが、弟子はとらない」
 教えるのが面倒だ、とエリス。
「そんな」
「荷物を整理する前で良かった」
「では、研究所は? 錬金術師なら見てから考えてもいいと思います」

研究所は、錬金術師が最も重要視する。
作業しやすいように、専門家に特注の研究所を作らせる錬金術師も多い。
「……まあ、そうだな」
研究所との相性を見るのも悪くない。
エリスは肩を竦める。
「というか、君はそんなに暇なのか?」
「広い屋敷に籠っていれば、誰だって暇に決まっているじゃないですか」
 そう言って、東側の研究所に案内する。
「これは凄い」
 エリスは、目を大きく見開いた。
 機材は、ほとんどが新品同様。旧式の研究所だが、錬金術師なら喉から手がでるくらい欲しがる仕様になっている。
「そうでしょう」
「では、次は北側の研究所だ」
「え」
「そこは、僕が寝泊まりしていますから、そのあまり入って欲しくないというか」
「見てから決めろと言ったのは、君だろう」
「ううっ、分かりましたよ」
渋々ながらルルドは、エリスを北側の研究室に案内する。
 東屋の椅子の下から、地下へと続く道。
「確かに、これは分かりにくい」

四方の壁一面に、本が敷き詰められている。
 本棚に収まらなかったのか、机の上にも無造作に本が散らばっていた。
「これは、絶版したものまで……数日は缶詰になっても飽きなさそうだな」
 エリスが、本のタイトルを眺めながら呟く。
「興味があるなら、向こうの研究室まで運びますよ」
 エリスはルルドに横目を向ける。
「君は、読まないのか?」
 ルルドは肩を竦めると
「錬金術のことは、あまりよくわからないというか」
 そう言って、ポンと手を叩く。
「ご主人様が、教えてくれるなら別ですが」
「……そのご主人様というのは?」
 眉を寄せたエリスの前で、ルルドは首を傾げた。
「ここに住むなら、ご主人様と呼ぶのは当然かと」
「別に、ここに住むとは……」
 背を向けたエリスを見て、ルルドはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「でも、研究所と本は魅力的でしょう」
「う、うううっ」
 図星だったので、エリスは反論できない。
 エリスは、コホンと咳払いをする。
「ご主人様ではなく、エリスでいい」
 その呼び方は背中が痒くなる、とエリスは続けた。
 ルルドは頭を下げると
「分かりました。エリス様、ですね」
「君が寝床にしていると聞いたが……」
 使い古されたソファーの上に、毛布が一枚置かれている。
 エリスは溜息をつくと
「私も、研究に没頭する時はソファーで眠ることもあるが……屋敷は無駄に広いだろ。ここに籠る必要もないだろう」
「ここが、一番落ち着きますが……」
 ルルドは顎に手を当てる。
「エリス様が言われるなら、どこか適当な部屋に移動します」
「ここから毎日出て来られるのも、はっきり言って不気味だ。ぜひ、そうしてくれ」
 エリスは深く頷いた。
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