キリスト教の知りえない領域

文字数 4,032文字

 一つの白い光が建物の影へと消えていった。僕はもう一つの白い光を屋上の影になっている場所へと連れて行った。その光はようやく砂川になった。
「お前の信仰している宗教についていくつか確認しておきたい点がある。質問してもいいか?」
 砂川は首を柔らかく傾けて、構いませんが、と言った。
「第一の光源が世界のあらゆる人間にその恩寵を与えるときはいつだ? 砂川は数日前に、人間の愛は第一の愛を鏡のように反射した、第二の愛であると教えてくれた。しかし僕が聞きたいことはそういうことではない。隠されたその光が明らかになり、世界をあまねく照らし出すときはいつだ?」
「それはヨハネの黙示録が訪れたときです。それは英さんもわかっているはずです。そのとき、至高天の御方の啓示はすべての人間に与えられ、人類はその御心を理解します。ここでいうすべての人間とは、現在生きている人間だけでなく、これまで生まれてきた人間、そしてこれから生まれてくるすべての人間を含みます。このことはすでに説明したはずですが」
「わかっている。もう一度、確認したかっただけだ。確かに黙示録のとき、世界の真理の啓示がすべての人間に訪れるのだろう。しかし現世では、あらゆる光の源からその恩恵に与っている人間は一部に過ぎない。その恩恵に与れるか、与れないかは、その人間の意思よりも生まれによって決定することが多い。そして生まれとは自分ではあらかじめ知ることのできない隠されたものの一つだ。国によって宗教は異なる。この国について言えば、宗教に所属しないことも稀ではない。砂川の信仰する宗教に所属できるかできないかは、生まれた場所に依存している。また宗教に関わらず、所属とは空間的な要因だけで決定するものではない。時間的な要因にも左右される。すべての組織はその時代の潮流からの影響を免れることはできない。組織を作るものは空間的な人々の意識の経路の総体であり、時代の潮流は時間的な人々の意識の経路の総体だからだ。顕著な例を出そう。主の最大の恩寵が磔刑に処されるまで、人類は至高天との経路を持たなかった。紀元前の人間はそもそも恩恵を受けるための手段を持たなかった。紀元前に生まれた人間と、そのあとから生まれてきた人間の違いはどこにある? 何が人間の生まれを決定している?」
「その答えも英さんはすでに知っているはずですよ。すべての人間の配列は天上の座に座る御方が決定なさっています。空間的な配置も、時間的な配置も、つまりはそれぞれの人間が生きる場所の曼陀羅はこの世界が創造されたときから決まっています。ヨハネの黙示録が訪れる前に、その恩寵を得られるか得られないか、そこには確かに御方の意図があります。しかし現世ではその意図は隠されたものの一つです。その意図を解き明かすことは人智を超えた作業であり、私たちがその明かしを知るのは、ヨハネの黙示録を迎えたときです」
「僕たちはあらゆる啓示を受けるまで、隠されたものについては口を閉ざさなければならない。しかし隠されたものを知ろうともせずに、無知であり続けることは人道的だろうか? 人間は生まれながらにして、互いに対立者として存在する。すべての意識に経路が通じていないからだ。経路の通じていない意識があれば、そこには無理解が生まれる。そして組織の中に無理解が蔓延れば、追放や暴力、迫害などシステムの不具合が起きる。僕たちは一人の人間を理解するためにも、組織の秩序を保つためにも、他人の意識を知らなければならない。そのためには行動や勤勉を身に付けなければならない。無論、そこには共有してはいけない意識は避ける、という前提があるが。遥か未来に与えられる啓示とは、世界の真理も含まれる。黙示録を待つことしかせずに、無知であり続けることは「町」や「学園」の腐敗に賛成票を投じることではないのか? 世界の真理をスプーン一杯分だけでも、人々と共有することが人道ではないのか?」
「私と英さんでは、根本的に人道に対する考えが違っているようです。あなたの表現を借りれば、私たちの中にある人道は異なっているために、そこには経路が通じていません。私にとっての人道とは、開闢の光源から与えられる第一の愛を第二の愛として隣人に照り返すことです。そのとき、愛の方向は理性と倫理によってのみ決められなければなりません。野蛮や未開の方向へ愛を向けることは非人道的です。先ほど述べましたが、すべての人間は世界が創造されたときから、その配置が決められています。私たちはその配置に従い、第一の愛による初動、第二の愛による自由意志を十全に発揮しなければなりません。これが私にとっての人道です」
「なるほど。僕は全霊を尽くして砂川の人道を理解する。けれども、砂川にも僕の人道を理解してくれとは言わない。何を知り、何を知らないでいるかは、個人が決めることだ。一人ひとりの人間が生まれる地理と時代はあらかじめ決められていることはわかった。ところで、砂川の信仰する宗教には地獄、煉獄、天国というものがあったな。それぞれの場所にいる人間の配置もあらかじめ決められているのか?」
「天上の座に座する御方は誰一人、地獄に落とそうと御心を決めてはいません。地獄に落ちるか落ちないかは、その人の自由意志に委ねられています。ゆるしの秘跡も受けず、神の恩寵を受け入れもせず、俗世に蔓延る罪を犯し続けたまま死んだ人間は地獄に落ちます。それは永遠に主から離れることであり、その選択は個人の自由意志に依っています。地獄とは場所というよりも、第一の愛を受け取れない状態であると言ったほうが正確かもしれません。そのために教派によっては、永遠の主を拒絶した人間は生きながらにして地獄にあると解することもあります。また地獄を取り巻く場所として、辺獄があります。この場所は原罪を雪がないまま、亡くなった人間が行きつくところです。具体的には真の人が磔刑に処せられる前に亡くなった人々や洗礼を受ける前に亡くなった幼児たちが辿りつきます。そこでは地獄のように責め苦を味合わされることはありません。ただ悠久に近い無為があるだけであり、そこにいる人々はヨハネの黙示録によって救済されるときを待つのみです」
「悠久に近い無為。それは熱的死のようなものだ」
「はて。熱的死とは何ですか?」
「いや、余計なことを言った。すまない。話を続けてくれ」
「わかりました。それでは次に煉獄の話をしましょう。煉獄は御方の恩寵を受け入れ、隣人に第二の愛を与え続けた人が行きつく場所です。しかし人とはときに道を外れるもの。その生涯で、一切の罪を犯さないということはありません。煉獄にいる人々は天国での永遠の至福を約束されているものの、そこに生前に犯した罪を持ち込まないために、浄化の苦難を受けています。その苦難を人々は謙譲の心だけを持って受け入れなければなりません。そしてすべての罪を贖った人間は天国へ入ることを許されます。そのとき罪を浄化した人間は聖性だけを持ち、主と一致します。なので天国も場所というよりも、私たちの父そのもの、と言った方が正しいです。主との同化こそが天国の本質であり、至上の幸福です」
「現世に生まれる配置は初動の光によって決められているが、死後、どの世界へ辿りつくかは僕たちの自由意志に委ねられているということだな。自由意志というよりも、その生き様と言った方が通りがいいか。しかし僕は死後の世界というものを信じていない。生とは死の特別な状態だ。生の前には無為だけがある。そして生の後にも無為だけがある。僕にとっては、人生を終えたあとだけでなく、生を授かる前も死だ。人間は生きているときだけ、運動を受け取ることができ、それ以外の状態では、すなわち死んだ状態ということだが、肉体にも意識にも運動はない。砂川の信仰しているものに寄せて言うならば、人は辺獄という永遠の無為にあり続け、その中で運動を受け取ることのできる特別な時間が与えられる。その時間は一度きりだ。宗教も物理学も長い歴史の中で何千人もの偉人がその視力を捧げてきたために、強靭な論理とそれを記述するだけの技術を培ってきた。しかしこの二つですら、この世の一部を解明するだけであり、世界の真理からは遠ざけられている。僕たちは人類が長い時間を費やして作りあげた論理の巨大構築物を自由意志によって学ぶことができる。しかしそれだけでは人生の荒地を踏破するには手段が足りない。人類の英知を借りるとともに、自身の特性をしなやかに説明する自分だけの論理が必要だ。僕たちは与えられた有限の運動を使って、一人ひとりがその論理を組み立てなくてはならない」
「英さんにとって、人々の意識に通ずる経路についての論理がそれに当たるのですか?」
「そのとおりだ。それに加えて人間は本来、永遠の無為に属する存在という論理もだ。僕にとってこの世は死の前の世界であると同時に、死の後の世界でもある。だからここは俗世であり、地獄であり、辺獄であり、煉獄であり、天国である。そしてこの世の僕の配置は創造主によって決められたものなのか、自分の自由意志によって決めたものなのか、それこそが僕にとって隠されたものの一つだ。僕は何もこの宇宙のすべてのことに言及しているわけではない。もっとミクロな世界の話をしている。つまり、なぜ僕は「町」ではなく「学園」にいるのかだ。「町」にいる人間と「学園」にいる生徒の配置は自分たちが選んだのか、それとも何者かによって選ばされたものなのか、僕にはわからない」
「その質問に答えることはできませんね。私にとっても、そのことは隠されたものの一つですから。おそらく夏子さんに質問をしても、同じ答えが返ってくると思いますよ。集団自殺の件、まだ夏子さんに聞きたいことがあるのではないですか? それならば、彼女を呼んできますが」
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登場人物紹介

桑江英(くわえはなぶさ)

「町」から精神的に欠落していると判断され、「学園」に収容されている青年。
自分の存在を確認するために設計上飛ぶことのできない滑空機の組立と解体を繰り返す。
物事を唯心論的な方面から解釈する癖がある。

朝永夏子(ともながなつこ)

「学園」の生徒の一人。
現代物理学に精通している。
量子力学が専門で、相対性理論と散逸構造論にはそこまで言及しない。

砂川絹(すなかわきぬ)

「町」を支配する教会の修道女。
「町」に対抗を試みる「学園」に人質として誘拐される。
宗派はカトリックで、特にトマス・アクィナスに傾倒している。

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