そのとき男子は耳を象にする

文字数 1,840文字

「か、か、か……カメラ!」
「ら。ら――ラー油」
「ゆ、か。ゆ、ゆー、ユートピア。ほら、温泉施設があったでしょ」
「なるほどそう来たか。次は、あ、ね。……網戸!」
「どー、ドーナツはもう使った。ど、ど、鈍感。あ。じゃなかった、どんでん返し」
「ブー、取り消してももうだめ。アウト」
「てゆうか、鈍感とかどんでん返しなんて、昨日見た?」
 目的地に到着するまでの暇つぶしにと始めたしりとりだったけれども、案外盛り上がっている。というのも、罰ゲームのおかげだろう。負けた人はしりとりから退場するのに加えて、好きな人の名前を白状するのだ。ただし、イニシャルでOK。最後まで勝ち残れば、白状から免れる。
 ちなみにだけれども、しりとりで使える言葉にもある縛りを課している。昨日の旅程の間に目にしたものに限るというルールだ。
 それはさておき、何より可笑しいのは、バスに同乗しているクラスの男子から感じられる気配なんだよね。ほとんど全員、聞き耳を立てているでしょ、あんた達。バスガイドのおねーさんに一目惚れし、最初の休憩で早々とカメラでパシャパシャと写真に収まっていた数名を除く、九割ぐらいが気にしている。そう、クラス一、いや学年一美人な時沢鈴(ときざわりん)が好きな人のイニシャルを知りたいがために。
 念のため断っておくと、私のことじゃないよ。私の名前は関原(せきはら)。関原真純(ますみ)っていう音だけなら男女の区別がつかない名前。美人度では時沢さんの足元にも及ばない。時沢さんと仲がいい方だから、おこぼれで男子と話す機会はあるけれども、私なんか眼中にないに違いない。
 で、ついでにはっきりさせておくと、しりとりに参加しているのは、女子の班二つ、合計八人だった。さっき“鈍感”と言ってアウトになったのは轟木(とどろぎ)さんを入れて、すでに四人が退場になった。残るは私に時沢さん、甘利(あまり)さんと金丸(かなまる)さんである。
 私が言うのも何なんだけど、残った四人の中で男子に人気があるのは時沢さんだけと言っていいんじゃないかしら。今までに退場した四人もどっこいどっこいだと思う。となると、私達のような“下級”女子がやるべきは一つ。何としてでも時沢さんを退場に追い込み、男子の期待に応えることだ。それが男子と話をするきっかけになれば、なおいい。それが私達のささやかな理想郷(ユートピア)……悲しくなってきた。しりとりに集中しよう。
 だけど、五番目に退場となったのは甘利さんだった。「ん」が付いたのではなく、思い付く単語がなく、タイムアップに追い込まれた。
 私はタイムを取り、金丸さんと二人で作戦を練った。作戦と言っても共同戦線を張り、時沢さんを集中攻撃しようという単純なもの。
 だけど……これが普通のしりとりなら、「る」攻めが有効なのは基本中の基本だろうけど、最初に記した縛りのおかげで、思い通りに行かなかった。もちろんそのくらいは最初から分かっていたので、なるべく「る」で攻めようと約束していたのだけれど、逆効果になってしまった。「る」で終わる言葉を考えることに気を取られ、金丸さんがタイムアップを迎えてしまった。
 とうとう私と時沢さんによる一騎打ちに。これはまずい。もし負けるようなら、男子達から恨まれる。避けなくちゃ。バスもそろそろ次の目的地に着きそうだし。精神的に追い詰められた私は、一か八かの提案をした。
「縛りをちょっとだけ緩くしない? 昨日見掛けたとかじゃなく、食べ物全般とかに」
「早い決着のためね。悪くないわ。私からも一つ、早く終わらせるために条件を言っていい?」
「もちろん」
「お互いにNGワードを一つ、設定するの。相手に内緒で紙にでも書いておいて。NGワードを言ったら負け」
 新ルールが決まった。そこからは早かった。
 私が先攻でおにぎりと言うと、時沢さん、私のNGワードをりんごと読んだのか、少し長く考えて「流動食」。以後、くり、利尻昆布、ぶり、リゾット、とり、と続き、時沢さんが「リングイネ」と言ったところで決着した。そう、私が書いたNGワードはリングイネだったのだ。

 この結果にみんなめでたしめでたし。時沢さんも好きな人へのアピールになるからか、悪い気はしていないみたい。
 そう思っていると、バスを降りたところで幼馴染みの男子が話し掛けてきた。
「しりとり、聞いてたけど。なに勝ち残ってんだよ」
「ん? どういう意味?」
「わ――分かんねえのか。鈍感なやつ。名前の真純、純を鈍いに変えた方がいいんじゃねえか」
「……」
 もしかして。
 私の好きな人のイニシャル、知りたかった?

 終
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