瀧川紅月VS清美一暁②

エピソード文字数 4,720文字

 清美は自慢の髪を焼かれ、頭を口惜しそうに撫でまわしていたが、なおも慇懃な口調を崩さなかった。その態度は虚勢ではなく、剛胆な性格に基づくものだった。このような気質の人間は落ち着いた精神を持ち、スペクトルの変動が少なく、それに伴いコンプレックスの性能も安定している。何よりも不意打ちの攻撃を食らっても取り乱さない強かさがあった。そのコンプレックスを考慮すると、滅多なことでは傷を負うこともないはずであり、さらには後輩の女生徒に一杯食わされた形だったが、清美は動揺すらしていなかった。
 鎖は二人の距離が十歩も離れると、軋むほどに張った。紅月は手錠を観察したが、鍵穴もダイヤルもなく、一度施錠すると破壊することでしか外せない使い捨てのものだった。急激に鎖を引き、清美の体勢を崩そうとしたが筋力の差は歴然で、びくとも動かすことができなかった。むしろ紅月の方が振り回されかねず、常に鎖に余裕を作っておくため、相手の拳が届かない範囲で接近する必要があった。
 紅月の戦術は内臓を破壊される覚悟でひたすらにその場で相手の攻撃を受け止めることだった。そのために両腕を高めに上げるボクシングのフォームを取った。これは胸部や腹部、下半身を犠牲にしてでも頭部を守るためである。脳や顎に衝撃を転移させられると、一撃で気絶させられる危険があるからだ。清美が弛んだ鎖に足を取られないように、器用に接近してくると、紅月は空いている方の手でハンドベルを鳴らした。清美の右足を対象にとった爆破は移動して、キャビネットから転げ落ちていた目覚まし時計が粉々に爆ぜた。二人の距離が詰まると、清美は拳を繰り出し、紅月は防御のみに専念した。
 相手が清美の場合に限らず、互いが至近距離にいるときに『太陽の塔』を発動することはできない。爆発に自身が巻き込まれる可能性があるからだ。しかも『私の名が赤』が相手の場合、そもそも爆発を自身の身体に移動させられてしまう。そのために紅月は鎖の許す範囲で距離をとっては、清美が接近を試みると同時にハンドベルを鳴らした。黒塗りのソファが爆破して綿を吐き出し、再び清美の拳が猛威を振るう。二人の距離が離れると、ハンドベルの音が鳴り、部屋にあるものが爆発する。この攻防が続く。
 清美は戦闘が始まってから決して床に衝撃を移すことはしなかった。仮に床に損傷を与えて抜けてしまうと、そこに突き落とされた場合(あるいは紅月が穴から飛び降りて、鎖に引きずられてともに階下に落ちた場合)、落下の途中は身体の外に衝撃を逃がすことができなくなるからだ。紅月はハンドベルを鳴らし続け、部屋にあるものを片っ端から爆破して、清美が床に衝撃を転移させざるを得ない状況に持ち込もうとする。清美のコンプレックスの範囲内に床以外には転移するものがない場面を作る、それが紅月の戦術だった。

 しかし部屋は無数にものに溢れている。清美のコレクションである手錠だけでも、百はあった。手錠は今では戦闘の騒ぎの中で床に落ちて、格好の転移対象となっていた。清美が徒手空拳の達人ではないとはいえ、紅月の身体には確実にダメージが蓄積していた。ハンドベルを持つ紅月の手が震え始めたとき、清美はその場に立ち止まった。
瀧川後輩。確かにあなたは私の攻撃をすべて防いでいる。一見すると私は一撃も相手に入れておらず、戦闘技術がひどく劣っているように見えるだろう。しかし実は攻撃の威力は身体の内部に潜り込み、着実に内臓を破壊している。口の端から唾液が零れている。拭きなさい。特別科クラスの人間が唾液を垂らしたままでいるなど、沽券に関わる(しかし紅月は唾液を拭かなかった)。よく見ると、血が混じっているではないですか。すでに内臓がぼろぼろになり、吐血しているのでしょう。
桑折同級生からは一度でも特別科クラスの義務を放棄した人間は、例え命乞いをされたとしても抹殺しろと言いつかっております。しかしこの清美一暁は紳士を自負している。あなたにもう一度チャンスを与えましょう。瀧川後輩、あなたがこれから心を入れ替えて生徒会の義務を果たすというのならば、特例としてその声明を認めましょう。
 清美は姿勢を低くして、断った場合、即座にとどめを刺せるようにしながら相手の返事を待った。しかし紅月は慈悲深いと言えなくもない提案に賛成も拒否もせず、相手を睨みつけながらひたすらに口を閉じていた。二人のあいだで紅月の震えに合わせて鎖が微かに鳴っている。紅月の性格を考えると、明確に拒絶の意思を見せないことに清美は不自然なものを感じたが、だんまりの態度を提案の拒否と受け取って、さらに打撃を加えるために素早く間合いに踏み込んだ。
 同時にそれまで両腕を高く構えて頭部を庇っていた紅月は両腕を低くする構えに改めて、顔を露わにした。そして口内に溜まっていたものを相手の顔面に吹きかけた。それは血だった。紅月は内臓の損傷により気管支から溢れだした血をすべて口内に溜めていた。目潰しを食らい、数秒間、清美は視界を失った。

血の毒霧だ! こいつを別のものに転移することはできまい! 口の中にずっと血を溜めておくのは、喋ることもできないし、呼吸もうまくできなくて苦しかったぜ。何よりも気持ち悪いしな!
 紅月はようやく口が自由になり、叫んだ。しかし視界を制限された程度では、清美のコンプレック、『私の名は赤』を封じることはできない。清美は突撃する前に相手の足元にコレクションの手錠が一つ落ちていることを確認していた。そのために両目から涙を流しながらもまったく焦ることなく、紅月がどのような攻撃を仕掛けてきても手錠に衝撃を移すつもりでいた。
 だが清美を襲ったのは、何かの爆破に巻き込まれる衝撃ではなく、首元に感じる軽い重みと冷たい感触だった。その正体に気がつき、清美の相手の攻撃を待つ大胆が危機感に変わったとき、手錠を嵌められた手が勢いよく首に引きつけられ、呼吸ができなくなった。首に鎖が巻き付き、絞めつけられていた。

清美先輩。あんたを剣や銃で殺すことは不可能だ。すべての衝撃は『私の名は赤』によって無効にされちまう。だが予想通り、「絞める」攻撃は通用するようだな!
 紅月は自分の身体に鎖を巻き付けながら床に腹ばいになり、鎖の締め付けを強固にした。鎖を引っ張られるにつれて、清美も身を伏せざるを得なかった。そして二人は並んで床に寝転ぶ形になった。身体に鎖が巻き付いた分、二人の距離は近くなり、紅月は手錠のついている手を身体と床に挟んで固定して、空いている手で清美の顔を押して、さらに鎖を引っ張った。清美は水面に顔を出した魚のように口をぱくぱくと動かしたが声が出せず、すぐに泡を吹き始めた。
このまま意識を絞め落とさせてもらう! 降参する権利を貰った恩義を仇で返すことになるが、俺はあいにく恥知らずでね! 命乞いをされたとしても、あんたみたいに耳を貸すほどの度量は持ってねえんだ!
 清美は鬱血した目を飛び出しそうなほどに見開き、紅月から視線を逸らすまいとしていた。その目からは、この絶体絶命の事態においてもなお、闘志が去っていなかった。清美は酸欠で痙攣する手をブレザーに突っ込んだ。紅月はその行動を気絶する寸前の、無意識に行われる意味のないものだと取った。しかしそこから取り出されたものは、奇襲のさいに使ったものと同じ型の拳銃だった。慎重を期する清美は拳銃を二丁、用意していた。そして拳銃を自分の心臓が位置する胸の上に突き立てると、間髪を入れず引き金を引いた。
 紅月は素早く変転する状況の中で、再び自分が窮地に追い詰められたことにすら気がつかなかった。しかし清美の決死の策略に気がついていたとしても、銃口を身体に当てた状態で発砲されては、銃弾を爆破する時間もなかった。銃弾の衝撃は床を伝わり、紅月の身体に到達した。僥倖だったのは、清美の意識が混濁していたために狙いが定まらず、衝撃は膵臓に移動したことだ。もしも脳に衝撃が伝わっていたら、紅月は即死だっただろう。
 それでも衝撃は激痛で数秒間気絶させるに十分であり、紅月の身体から力が抜けて、鎖が弛緩すると、すぐに清美は立ち上がり鎖を引っ張り上げて、敵の身体に巻き付いた分を解いた。鎖が解けるにともなって、紅月はその場でごろごろと転がった。鎖が解けて長さに余裕ができると、清美は首に巻き付いている分を外した。そして相手を蹴飛ばして、距離を開けた。蹴り飛ばされて床を転がった衝撃で紅月は意識を取り戻した。

 二人は何度目になるかも数えられないが、再び立ち上がり向かい合った。二人の距離が開いたために鎖は張るほどではないが、床につかない程度には引っ張られていた。しかし二人ともすでに満身創痍で、紅月は血の混じった唾を何度も吐いていたが、それでも口内に血が溜まった。清美は酸欠の影響で視線が揺れ動いており、両足も顫動して今にも崩れ落ちそうだった。大きく呼吸を繰り返し、声を出せるようにまでなると、清美は相手に語りかけ始めた。その声は強く首を絞められたせいで、先ほどまでより低く、震えていた。
まったく驚きです、瀧川後輩。あなたがここまで戦える淑女だとは思っていませんでした。これでも私は生徒会遊撃の役職を承っており、戦闘には自信があります。それが今ほどに追い詰められるとは。しかしこの勝負も終わりにしましょう。それができるほどに期は熟しました。この拳銃であなたにとどめを刺しましょう。
ちっぽけな銃じゃ俺を殺せないのは承知済みでしょう。『私の名は赤』が「絞める」攻撃には無力であることは証明したっす。互いの手首に手錠を嵌めたことで、却ってあんたは無敵でなくなったんすよ。
確かにあなたに向けて撃ったのでは、再び銃弾が爆破されるだけでしょう。しかしこのように撃った場合、どうなるでしょうか?
 再び清美は自分の胸に銃口を押しつけた。その光景を見た瞬間、紅月は悟った。相手が首を絞められ死の瀬戸際まで追い詰められたことによって、精神が高揚し、スペクトルが上昇していることに。今の清美は能力の範囲が広がり、銃弾の衝撃を五歩以上離れている紅月の脳にまで転移させることができた。
 引き金が引かれて銃弾が発射されると、清美の胸に生じた衝撃は鎖を伝っていった。
 同時に紅月はハンドベルを鳴らしていた。
 『太陽の塔』で爆破されたものは、ハンドベルを鳴らすとともに思い切り振り上げていた、手錠を嵌められた紅月の右手だった。
 爆発によって紅月は右の手首から先を失い、手錠は腕から抜けた。行き先を無くした銃弾の衝撃は空中に浮きあがった手錠を破壊した。音を立てて鎖の一方は床に落ちた。紅月は右腕を垂らし、その先から血が溢れて赤い絨毯をさらに赤く染めていたが、敵と正面から向き合い、戦意喪失していない姿を見せつけた。それどころか雲一つない夜の北極星よりも激しく輝く両目を見るに戦意は増しているようにさえ感じられた。清美は戦闘の邪魔にならないように、手錠と鎖の接合部分を拳銃で打ち抜いて破壊した。鎖は床で死んだ蛇のように伸び、手錠は清美の手首に残ったままだった。
自分の手を爆破して、手錠を外しましたか。あなたの機転と決断力、驚嘆に値します。称賛を送りましょう。天晴れです。
ずいぶんと上からものを言ってくれますね。まさか俺が右手を失ったから、勝敗が決まったと思っているんすか? 自分の勝利という結果でね。そいつは高慢というものっすよ。けれども勝敗は確かに決まりました。この俺の勝利でね。さあ、第三ラウンドを始めましょうか。俺があんたを一方的に葬るだけの第三ラウンドをね。
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登場人物紹介

第二部「偉大なる二十世紀」

忍谷夕吉(しのびたにゆうきち)
第二部の主人公。
賭博師を生業としている。コンプレックスを保持していない無能力者。26歳。
千ヶ谷千陰と組んで、封鎖された東京で成り上がることを計画している。
性格は皮肉屋だが、実業的。
職業柄、変わった特技を多く隠し持っている。

千ヶ谷千陰(ちがやちかげ)

第二部のメインヒロイン。
日本でも有数の名家、千ヶ谷家の長女。23歳。
生粋のお嬢様なのだが、普段着がジャージ(光文学園時代のもの)、主食がラーメン二郎など、俗っぽい。
近寄りがたい兄と可愛くて仕方のない妹がいる。
意外にも本職はハッカー。

シンボル:???

コンプレックス:『カラマーゾフの兄弟』

 ???

千ヶ谷絹人(ちがやきぬひと)

千ヶ谷家の現当主。
千一郎、千陰、千五百の父。
現在の政治情勢は千ヶ谷派と宇津木派に分かれている。
忍谷を千陰の恋人ではないかと疑っている。

シンボル:腕時計
コンプレックス:『ガルガンチュアとパンタグリュエル』
 対象を30分以内のある時点にリセットする。
 本人は物理的な状態だけで、記憶や感情など精神的な状態はリセットできないと言っているが……?

千ヶ谷千一郎(ちがやせんいちろう)

千ヶ谷家の長兄。千陰と千五百の兄。26歳。
次期千ヶ谷家当主。
神経質で気難しい。そのために千陰からは苦手意識を持たれている。

シンボル:???
コンプレックス:「???」

千ヶ谷千五百(ちがやちいほ)

千ヶ谷家の次女。
第二部の時点では行方不明になっている。
千陰は妹を探し出すために忍谷と手を組んでいる。

黒塗ほのか(くろぬりほのか)

日本政府に保護されていた謎の少女。17歳。
「未来を見通す」コンプレックスを保持している。
この能力により、2000年問題を予見していた。
忍谷と千陰のことはなぜか出会う前から知っていた。
はたしてその正体は……?

シンボル:???
コンプレックス:「???」

赤藤詩音(あかふじしおん)

暗殺を生業としている。千陰の大親友。23歳。
光文学園特別科クラスに在籍していたころは、千陰とコンビを組んでいた。
しかし金さえ積めば仕事を引き受ける性格で、政治的には千ヶ谷派、宇津木派のどちらにも属していない。
名前からわかるとおり、第一部に登場した赤藤梨音の実姉。

シンボル:窓
コンプレックス:『月は無慈悲な夜の女王』
 手で触れた場所に窓を作る。
 その窓は通常の窓と同じ性質を持つ。つまり開閉ができ、向こう側が見通せ、ガラスは壊れやすい。

源次郎助(みなもとじろすけ)

上野にある国内最大の国営カジノのオーナー(所有者)。28歳。
本職は権力者向けの金貸し。
商売人として、天才的な能力を持っている。
政治的には宇津木派に寄っている。
権力者のあいだで、「ゲームマスター」と呼ばれるほどあらゆるゲームに精通している。

シンボル:鎖

コンプレックス:『バック・イン・ブラック』

 対象との契約を遵守させる。具体的には対象が契約を違反した場合、損害を与える。その損害の内容は対象の「同意」によって決定する。

五十鈴凪子(いすずなぎこ)


源の右腕。24歳。

堅物で、軍人のような口調をしている。

二色ほどではないが、戦闘能力に長けており、荒事を頼まれることもある。

拳銃を得物とする。


シンボル:風船

コンプレックス:『クロイツェル・ソナタ』

 シンボルの風船は複数出現する。風船に触れた物体は別の風船に転移する。

二色廻(にしきめぐる)

源の側近。源は「秘書のようなもの」と言っている。
無口で無表情。しかし非常に礼儀正しい。意外に気さくらしい。
忍谷はその体つきから、一目で「戦闘タイプ」の人間と見抜いた。

本文ではスキンヘッドになっているのですが、きゃらふとさんの仕様上、再現できなかったので、頃合を見て、キャラデザを作り直します。

シンボル:???
コンプレックス:「???」

散歩桐雄(さんぽきりお)

上野にある国内最大の国営カジノの経営者。源から業務を委託されている形となる。
現在は経営者として働いているが、ディーラーとしての腕前はまだ落ちていない。
コンプレックスを保持しているかは不明。

森重義生(もりしげよしお)


日本政府に所属する男。立場は源よりも上となる。

日本政府と光文学園の仲介役となるために、源のもとに派遣されてきた。

異常なほどに厚着をしている。

第一部にて秋姫と接触していた男その人。


シンボル:ポーン(黒)

コンプレックス:『ミリオンダラー・ベイビー』

 対象の物体の価値を誤認をさせる。ただし、価値の変動や能力の範囲はミクロなものである。

宇津木将臣(うつぎまさおみ)

大日本帝国第八十六代内閣総理大臣。
千ヶ谷家の最大の政敵。
東京の封鎖政策の主導者。

シンボル:???
コンプレックス:「???」

猫松喜久二(ねこまつきくじ)

権力者の一人。千陰は性格が悪いと言っている。
元大手薬品会社の重役であり、現在は大手銀行に天下りしている。
コンプレックスを持っていない無能力者。

切田善嗣(せったよしつぐ)

宇津木派の人間に雇われた刺客。
絹人の暗殺を目論見るが、千一郎の機転により防がれた。
その後、忍谷と戦闘になる。

シンボル:スプーン
コンプレックス:『バナナフィッシュにうってつけの日』
 砂糖を自由自在に操る。しかし操れるのは乾いた砂糖だけであり、ジュースに溶解しているものなどは操ることができない。

間宮蘖(まみやひこばえ)

宇津木派に雇われた暗殺者。
宇津木側の人間の依頼ばかり引き受けるため、「宇津木の犬」の汚名を着せられている。
しかし暗殺者としての実力は詩音と拮抗する。
オークションのさいには司会を務めていた。

シンボル:???
コンプレックス:『モダン・タイムス』
 自分の身体を軟化する。これにより関節を無視する形で身体を動かせるようになる。
 柔らかくなった身体の痛覚は通常のときと変わらない。

園城ゆゑ(そのしろゆゑ)


光文学園二年十二組の担任教師。28歳。

学園に封鎖線が敷かれるなか、コンプレックスを用いて自力で脱出した。

実は葛籠未造が誘拐した子供たち〈チルドレン〉の一人だった。


シンボル:人体の一部

コンプレックス:『アナベル・リー』

 能力の範囲内の任意の場所に目や口など自分の身体の部品を複製する。

葛籠未造(つづらみぞう)


戦後日本最悪の犯罪者と呼ばれる男。

表向きは死刑の確定から執行まで史上最短で絞首刑に処されたことになっている。

しかし実際は日本政府の庇護下のもと、東京のどこかで生き延びている。

葛籠の犯した犯罪の一つに稀有なコンプレックスを持つ子供を誘拐し、養育していた、というものがある。なぜこのようなことを行っていたのかは不明。

ほのかの予言によると、葛籠が次の「世界の王」である。

第一部「ペストの時代の愛」

大室銀太(おおむろぎんた)

第一部の主人公。
国立光文学園高等部一年八組所属。15歳。
中性的な顔立ちで少女と間違えられることもあるが、性格は偏執的かつ執念深い。
これまで一般市民として生きてきたために戦闘の経験が一切ない。それゆえ学園の封鎖を乗り切るための戦闘では変則的な戦法に頼らざるを得ない。

シンボル:鋏
第一のコンプレックス:『緑の家』
 シンボルの鋏はその強度に関係なく物体を切断する。そのとき物体の連続性は保たれたままになる。切断面を合わせれば、分断したものは再び接合する。
第二のコンプレックス:『石蹴り遊び』
 『緑の家』によって切断した異なる物質を接合する。接合された物体は元の二つの物質の性質が混ざり合う。時間の経過とともに、物質は元の物質のどちらかの性質へと帰着する。
第三のコンプレックス:『百年の孤独』
 シンボルである鋏に「意思」を与える。鋏はその意思を遂行するように自動駆動するようになる。あくまで鋏は意思を与えられただけであり、生物化していたり、能力者が操作したりしているわけではない。
 鋏の移動のさいは床や壁など、物体を切り裂きながらでなければならない。

瀧川紅月(たきがわべにづき)

第一部のメインヒロイン。
大室姉弟の幼馴染。
七人しか在籍していない特別科クラスに唯一の一年生として所属している。生徒会庶務兼任。16歳。
男勝りで、非常に野蛮な言動が目立つ。その反面、緊急事態でも冷静に対処するだけの胆力と機知を持ち合わせている。

シンボル:ハンドベル
第一のコンプレックス:『太陽の塔』
 能力の範囲内にある最も速度の速い物体を爆破する。このとき、能力の対象には能力者自身も含まれる。
第二のコンプレックス:『明日の神話』
 能力の範囲内にある一定の速度の超えたすべての物体を爆破する。この一定の速度はスペクトルによって設定される。

大室綴(おおむろつづり)

銀太の姉。紅月にとっても姉貴分である。
国立光文学園高等部二年十二組(芸術科クラス)所属。17歳。
自分にも他人にも甘く、銀太と紅月の二人を溺愛している。
一人称が「お姉ちゃん」。
文学に精通しており、編纂者を志している。

シンボル:豆本
コンプレックス:『バベルの図書館』
 シンボルの豆本は無限の頁を持ち、際限なく情報を書き込める。文章の記入・消去は念写により行う。このコンプレックスはあくまで「無限に情報を記録する」能力であり、「頁を入れ替えて情報を整理する」能力はない。

埜切秋姫(のぎりあきひめ)

綴のクラスメートであり、親友。銀太とは初めて会ったときから友達以上、恋人未満の関係。
国立光文学園高等部二年十二組(芸術科クラス)所属。16歳。
気弱な性格であり、自分の意見をなかなか出せない。この性格は自分のコンプレックスが他人のものよりも実用性に欠けることと無関係ではない。
癖毛を気にしており、外出するときは必ず帽子を被る。そのために帽子集めも趣味になっている。

シンボル:???
コンプレックス:『ダンサー・イン・ザ・ダーク』
 手で触れた小さな傷を塞ぐ。

須磨楓子(すまかえでこ)

紅月のもう一人の親友。
国立光文学園高等部一年六組所属。16歳。
紅月の「唯一」の親友を名乗っているため、銀太とは犬猿の仲。
高飛車で傲慢だが、これは自分の実力への自信の表れである。実際に普通科クラスの中ではトップクラスの成績を誇る。
学園封鎖後はショッピングモールにて幹部の一人になっている。

シンボル:皮手袋
コンプレックス:『茹でた隠元豆のある柔らかい構造(内乱の予感)』
 シンボルをつけた拳で殴られた人間はその部位を認識できなくなる。攻撃された部位は透明に見え、同時にその機能も失う。

守門恒明(しゅもんつねあき)

七人いる特別科クラスの一人。生徒会書記兼任。学年は二学年に当たる。17歳。
綴に一目惚れして以来、告白を繰り返している。そのために銀太からは目の仇にされている。
お坊ちゃんであり、物腰が柔らかい反面、ナルシストな言動が目立つ。しかし特別科クラスに所属している以上、頭脳や戦闘の実力は折り紙つき。

シンボル:金平糖
コンプレックス:『重力の虹』
 空中に浮いている物体を垂直に落下させる。このときの落下の速度は少なからず銃弾の速度を超える。

常盤七星(ときわななほし)

特別科クラスの一人。生徒会会計兼任。学年は三学年に当たる。18歳。
紅月と同様、生徒会の義務を放棄しているため、クラスメートからは問題児として見られている。
学園封鎖とともにショッピングモールを制圧し、ここに篭城する。その後ショッピングモールの管理人として、学園内の物資と人材を独占している。

シンボル:注射器
コンプレックス:『美しき水車小屋の娘』
 自分の血液を混ぜた液体を操る。このとき、必要な血液の量は操る液体の体積に比例する。そのため、自分が貧血になるほどの量の液体は操ることができない。

犬童影千代(いぬどうかげちよ)

ショッピングモールの幹部の一人。医療品や生活用品の管理を担っている。
国立光文学園高等部三年二組所属。18歳。
物腰の柔らかい好青年。しかし七星がショッピングモール内で唯一コンプレックスを把握していない人間でもある。そのため七星からは「油断のならない男」として見られている。

シンボル:水銀温度計
コンプレックス:『パルプ・フィクション』
 自分よりも高いところにいる生物の体温を上げ、自分よりも低いところにいる生物の体温を下げる。
 このときの変化率は能力者との上下の距離が離れているほど大きくなる。

赤藤梨音(あかふじりおん)

ショッピングモールの住人の一人。地下倉庫(監房として用いている)の管理を担っている。
国立光文学園高等部二年五組所属。17歳。
幹部ではないが、貴重なコンプレックスを持っているために同等の発言権を持つ。本人曰く、人を閉じ込めるのに適したコンプレックス。
間延びした口調のため、ややとろそうに見える。しかし七星や犬童への意見は鋭く、意外にも人をよく見ている。

シンボル:鍵
コンプレックス:『夏への扉』
 能力の範囲内にある、場所から場所を区切るもの(扉や窓など)に、可能な限り通行の妨害をさせる。
 具体的には、それらが固定されたように開きにくくなり、無理やりこじ開けても即座に閉まるようになる。

桑折良蔵(こおりりょうぞう)

特別科クラスの一人。生徒会会長兼任。学年は三学年に当たる。18歳。
精悍な顔つきをした巨漢。生徒会長という立場も相まって一般クラスの生徒たちから恐れられているが、クラスメート曰く、その性格は寛容。
互いに反目しがちな特別科クラスの人間には珍しく、クラスメートを家族だと考えている(特別科クラスから離反した紅月と七星も例外ではない)。生徒会長である自分はその家長だという自負がある。

シンボル:磁石
コンプレックス:『ペイント・イット・ブラック』
 シンボルを中心にして、同じ物質を集める。このときに物質が集まる速度は、その途中にあったものを破壊するほど速い。
 シンボルの磁石は同時に二個以上具現化することもできる。

立畑照葉(たてはたてりは)

特別科クラスの一人。生徒会副会長兼任。学年は三学年にあたる。17歳。
端正な顔立ちだが、男口調であり、傍若無人な態度が目立つ。
紅月と七星の死刑宣告の撤回を報告するために、銀太たちを訪ねてくる。
見た目に合わず、作中でも珍しい、武術を極めた武闘派。

技術:「炸空術」(さっくうじゅつ)
 手を打ち鳴らすことによって、空気を破裂させ、真空により対象を切断する。これはコンプレックスではなく、純粋な技術。銀太は剣術の系統に入る武術と見た。
シンボル:モノクル
コンプレックス:『鎖に繋がれた犬のダイナミズム』
 モノクルを嵌めた左目では、すべてのものが静止して見える。つまり能力者は左目で一瞬一瞬が止まった世界を見て、右目で流れている世界を見ていることになる。

清美一暁(きよみかずあき)

特別科クラスの一人。生徒会遊撃兼任。学年は三学年に当たる。18歳。
細身だが、非常な長身。髪型は常にオールバックにしている。
性格は慇懃で、馬鹿に思えるほど丁寧な口調で話す。
生徒会の職務を全うしようとしない紅月の交渉役を引き受ける。

シンボル:鎖帷子
コンプレックス:『私の名は赤』
 能力者に与えられるダメージ、もしくは能力者が与えるダメージの位置を別の場所に転移させる。

吾妻奈純(あずまなずみ)

特別科クラスの一人。生徒会遊撃兼任。学年は二学年に当たる。16歳。
緊急集会のさい、反抗的な態度を取った男子生徒二名を射殺する。
恒明からは「野蛮な性格」と評される。
生徒会の職務を全うしようとしない七星の交渉役を引き受ける。

シンボル:二丁の散弾銃
コンプレックス:『ライト・マイ・ファイア』

天目小桜(てんめこざくら)

ショッピングモールの住人の一人。光文学園一年普通科。15歳。
犬童をリーダーとした、七星に対する反勢力の一人でもある。
そのコンプレックスを使い、ショッピングモールの住人を暗殺する。
正体を暴かれたさい、仲間の情報を流して命乞いするが、七星に拒否され殺害される。

シンボル:拳銃
コンプレックス:『若きウェルテルの悩み』
 シンボルは驚いた人間に憑依する。その人間がもう一度驚いたとき、身体を乗っ取り、拳銃自殺させる。
 このとき、周りにいる人間の中で最も早く驚いた人間に改めて憑依する。

也則允彦(なりのりまさひこ)

ショッピングモールの住人の一人。光文学園三年六組所属。
ショッピングモールの反勢力チームの一人でもある。
プロレス同好会会長。
銀太はその戦闘能力を高く買ったが、紅月は「馬鹿」と一蹴した。

シンボル:プロレスマスク
コンプレックス:『ボーン・トゥ・ラン』
 身体に触れたものを吸着する。
 格闘技の固め技はほとんどの場合、抜け出す技術も見つけられている。しかしこの能力と組み合わせれば、相性の悪いコンプレックスを持っていない限り、抜け出すことは不可能になる。

毒島慈(ぶすじまめぐむ)

ショッピングモールの住人の一人。光文学園一年八組所属。銀太とはクラスメートである。16歳。
ショッピングモールの反勢力チームの一人。
醜男であり、女性に恨みを持っている。しかし銀太は見た目以上に卑屈な性格に問題があると言っている。

シンボル:???
コンプレックス:『目=気球』
 自分に対して嫌悪した人間の大腸にサナダムシのように寄生する。
 能力者は寄生主から少しずつ栄養を奪い、三日ほどで死に至らしめる。そのあいだ、人質を取っている状態にもなる。

一重柳子(ひとえりゅうこ)

ショッピングモールの住人の一人。
ショッピングモールの反勢力チームの一人でもある。
殲滅戦が始まってからも、自分のコンプレックスを使って周りの人間を欺き、フードコートでくつろいでいた。
身なりを異様に気にし、学園封鎖の中でも衣服の手入れをかかさない。

シンボル:メモ帳
コンプレックス:『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー』
 メモ帳を読んだ人間は、そこに書かれた言葉を言うことができなくなる。その言葉を言おうとした場合、言い間違えるようになる。このとき、その人間は自分が別の言葉を言っていることに気がつかない。

八木沼篤(やぎぬまあつし)

ショッピングモールの住人の一人。
ショッピングモールの反勢力チームの一人でもある。
殲滅戦が始まると同時にショッピングモールから脱出を試みるが、赤藤の『夏への扉』の能力を知らなかったために自動ドアに挟まれ、身動きが取れなくなる。
その後、楓子により自動ドアから引きずり出される。楓子に奇襲をかけるも、『茹でた隠元豆のある柔らかい構造(内乱の予感)』によって返り討ちにされる。
コンプレックスを保持しているが、詳細は不明。

時谷圭吾(ときやけいご)

ショッピングモールの住人の一人。
ショッピングモールの反勢力チームの一人でもある。
赤藤の『夏への扉』により、眼鏡屋に閉じ込められる。そのため、そもそも殲滅戦が始まったことを知らなかった。
銀太の能力で眼鏡屋から救出されるが、同時にその場にいた七星から死刑宣告を受ける。命乞いをするが、七星に拒絶され首を刎ねられる。
コンプレックスを保持しているが、詳細は不明。

殺人犯

第一部のラスボス。
生徒会暗殺。
大室綴、守門恒明、常盤七星、犬童影千代を殺害した。

シンボル:バタフライナイフ
第一のコンプレックス:『フルメタル・ジャケット』
 シンボルでつけた傷を自由に開閉する。この能力は生物にも無生物にも有効。
第二のコンプレックス:『地獄の黙示録』
 シンボルでつけた傷を自由に移動させる。このときの移動速度は人間が全速力で走るよりも速い。

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