第三章の一 冬休み③

文字数 1,257文字

「なぁに……? って、えっ?」

 目の前の状況にあずさは目をしばたたかせる。

「結人、何してるの?」
山姥(やまんば)が出た」

 端的に言われ、あずさは結人が睨みつけている方向を見てようやく状況が掴めてきた。結人の視線の先には、背の高い髪の乱れた女が、包丁を片手に立っている。

「何、この人。禍々しすぎないっ?」

 あずさは隣に立つ奏に言う。奏は苦笑いでそれに応じていた。

「狐、邪魔をするなら貴様も食ってしまうぞ」

 山姥(やまんば)のしゃがれた声が響く。それに応じる結人は余裕の微笑みを浮かべているように見えた。

「食う? お前が、俺を?」

 小ばかにするように言う結人はやはり余裕の様子だ。それに対し、山姥(やまんば)は悔しそうに歯軋(はぎし)りしている。

「この娘から奪った団扇(うちわ)を知っているな?」

 結人の言葉に山姥(やまんば)がうろたえる。

「なんのことかな」
「とぼけるな!」

 結人が叫ぶと同時に、その九尾が山姥(やまんば)めがけて伸びていく。
 山姥(やまんば)は突然の攻撃に応戦する姿勢が作れない。そのまま九尾に巻きつかれてしまった。ギリギリと結人は山姥を締め上げていく。

「さぁ、この娘から奪った団扇(うちわ)をどうした、言え」
「く、苦しい……」
「言わぬか?」

 結人は更に山姥(やまんば)を締めあげていく。

団扇(うちわ)をどうした、と聞いている」

 結人は容赦なくその締める力を緩めない。とうとう山姥(やまんば)は音を上げていた。

牛鬼(ぎゅうき)様に……」
牛鬼(ぎゅうき)、だと?」

 結人の顔色が変わった。

「消えろ」

 結人は不機嫌そうに言うと山姥(やまんば)を締め付けている尻尾を限界まで引き絞る。山姥(やまんば)は断末魔をあげるとそのまま消えてしまった。
 あずさはそんな結人の様子をぽかんと眺めるしか出来なかった。

「殺しちゃった……の?」

 あずさの呟きに結人は沈黙で返すと、するすると人間の姿に戻っていった。

山姥(やまんば)が言っていた牛鬼(ぎゅうき)って、何なのかしら?」

 奏の呟きに結人は奏を一瞥(いちべつ)すると一言、妖怪ですよ、と答えた。結人は気分を害した様子のまま、部屋へと戻ってしまった。残された奏とあずさは、一体どんな妖怪なのかさっぱり分からずじまいだった。

「とりあえず、あずさちゃんが言っていたような、山姥(やまんば)の事件は結人くんのお陰で一件落着ってことよね」

 場をとりなすように言う奏に、あずさは力なく頷いた。ここに来て、自分がとんでもない失態をおかしたのではないかと思い始めたのだ。

「奏……、私、団扇(うちわ)を盗られたままなの。とんでもないことになりそうで、怖い……」

 震えるあずさを、奏は大丈夫よ、と言って(なだ)める。

「結人くん、あずさちゃんを助けてくれたじゃない。これからも何かあったら、結人くんが助けてくれるわ」

 明るく言う奏に対し、あずさは相変わらず沈んだ様子だ。

「奏は?」
「え?」
「奏は、助けてくれないの?」

 あずさの純粋な質問に奏は微苦笑している。

「アタシには、あんな力はないもの。結人くんの方が頼りになると思うわ」
「そんなことないよ! 奏にも、助けてもらってる」

 あずさは言う。それを聞いて奏はありがとう、と微笑むと、

「そろそろいい時間だわ。美容のためにも寝なさいな」

 そう言って、あずさの部屋を後にするのだった。
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