第4話 希望 1
文字数 1,744文字
「望、会いたくないか? 父親に?」
僕が聞くと、望は空を見上げた。ママのように。
「田舎に帰りたい……」が口癖だった。
「私の父は銀河系宇宙」
「なに?」
「あなたのおとうさんに言われたわ。私は、あなたのママと銀河系宇宙が性交して産まれた娘」
望とふたりで墓参りに行った。
「おとうさんは?」
「ゴルフだ」
「亜紀さんと?」
「ああ。前妻の墓参りなんてもう忘れていい」
施設に寄った。窓から海が見える。普段は面会に来る者もいない。殺風景な個室だ。小さなプレーヤーから波の音が聴こえていた。意識のない久作のために流している。久作は眠っていた。口を開けて眠っていた。どんな人生だったのだろう?
僕が事務所に行っている間、望は久作の部屋で待たせた。もう長くはない。もう最後だろう。僕は望に会った日のことを思い出した。
薄々感じていた。父の秘密……不在がちなこと、まさか、隠し子か? いや、ありえない。
義母の言葉……
「あなたのママはバカだった」
「ああ、他人の子を助けて、春樹を置いて逝った」
「助けられた子はどうしているかしらね? 憎くない?」
助けられた子は……重荷だろうな。自分のために死んだ女がいるなんて。
疑惑をそのままにし、年を越した翌年の春、
「H高の入学式にいかないか?」
父が僕を誘った。夏生 との結婚が決まった年の4月、僕は26歳になっていた。
「来賓?」
「いや、知り合いの娘が新入生代表で挨拶をする。中学のディベートコンクールで優勝した」
知り合いの娘……詳しいことは言わなかったが予感はあった。彩の入学式にはいかないくせに……父とふたりで出かけたことはない。母校を訪れるのを断る理由もない。
保護者席の後ろの方に座った。知っている教師はいない。式の流れは変わらない。
新入生代表の挨拶。会場がざわめいたあと静かになった。思わず座り直した。そうする者が多勢いた。正座して聞きたいくらいだ。
15歳の娘がライトを浴びた。映し出された異様な……顔。見るからに先天性の奇形だとわかる。何度か整形したのかもしれない。筋肉が未発達なのか、話している表情は凝視に……見ているのが辛い。しかし見なければ失礼だ。
「金縷 の衣は再び得 べし、青春は得べからず……これは私の恩人が教えてくれました。青春とは無縁だと思っていた私に、顔を上げ前を向け強くなれ、と励まし叱ってくれました……」
よく通る声、天は魅力的な声を彼女に与えた。
あとはとてつもない努力のみ……
父の知り合いの娘……父は言わなかったが。僕の頬に涙が伝わる。悲しみの涙はコントロールできるが……感動した時の涙は抑えが効かない。父にバレないよう汗を拭くふりをした。バレているだろうが。
彼女、望の挨拶は校長より来賓より、誰よりも素晴らしかった。
生徒達が教室に戻ったあと、父は彼女の母親に僕を紹介した。どういう知り合いなのかは話さない。1度聞いたが答えはなかった。2度聞く習慣は父との間にはない。
彼女を強く育てた母親には、誰もが敬意を払う。
父と話せないことを僕は義母に話す。どういう知り合いか聞いた。亜紀は珍しく言葉を濁した。
「彩と同じ歳なのに……あの子を見たら彩の悩みなんか吹き飛ぶわね」
夏、眼医者に通った。検査があるからバスで。
学生には夏休みだ。そのバスにあの娘が乗っていた。すぐに気付いた。混んだ車内。顔を隠さず堂々としていたが……子供が泣き出した。
「怖いよー」
少女はマスクをし、サングラスをかけた。
「怖い思いさせてごめんね」
マスクには子供が喜ぶキャラクターが描いてあった。子供は泣き止んだが、少女は停留所で降りた。まだ駅ではないのに。
僕はあとを追いかけていた。少女は駅までの2停留所を歩いた。マスクを外した気配はない。傷ついているのだろう。生まれてから15年。数え切れないほどひどい扱いを受けたに違いない。彼女を見ればどんな不細工な顔だろうが感謝するだろう。夏生 の傷も僕の過去も足元にも及ばない。
僕はあとをつけ改札口まで見送った。夏休みの部活だろうか? 得意のディベート部か?
3度、同じことが続いた。彼女も僕の存在に気が付いた。改札口で振り返る。11歳年下の、彩や春樹と同じ年の娘。薄幸とはいうまい。強い女だ。あの母親も。
僕が聞くと、望は空を見上げた。ママのように。
「田舎に帰りたい……」が口癖だった。
「私の父は銀河系宇宙」
「なに?」
「あなたのおとうさんに言われたわ。私は、あなたのママと銀河系宇宙が性交して産まれた娘」
望とふたりで墓参りに行った。
「おとうさんは?」
「ゴルフだ」
「亜紀さんと?」
「ああ。前妻の墓参りなんてもう忘れていい」
施設に寄った。窓から海が見える。普段は面会に来る者もいない。殺風景な個室だ。小さなプレーヤーから波の音が聴こえていた。意識のない久作のために流している。久作は眠っていた。口を開けて眠っていた。どんな人生だったのだろう?
僕が事務所に行っている間、望は久作の部屋で待たせた。もう長くはない。もう最後だろう。僕は望に会った日のことを思い出した。
薄々感じていた。父の秘密……不在がちなこと、まさか、隠し子か? いや、ありえない。
義母の言葉……
「あなたのママはバカだった」
「ああ、他人の子を助けて、春樹を置いて逝った」
「助けられた子はどうしているかしらね? 憎くない?」
助けられた子は……重荷だろうな。自分のために死んだ女がいるなんて。
疑惑をそのままにし、年を越した翌年の春、
「H高の入学式にいかないか?」
父が僕を誘った。
「来賓?」
「いや、知り合いの娘が新入生代表で挨拶をする。中学のディベートコンクールで優勝した」
知り合いの娘……詳しいことは言わなかったが予感はあった。彩の入学式にはいかないくせに……父とふたりで出かけたことはない。母校を訪れるのを断る理由もない。
保護者席の後ろの方に座った。知っている教師はいない。式の流れは変わらない。
新入生代表の挨拶。会場がざわめいたあと静かになった。思わず座り直した。そうする者が多勢いた。正座して聞きたいくらいだ。
15歳の娘がライトを浴びた。映し出された異様な……顔。見るからに先天性の奇形だとわかる。何度か整形したのかもしれない。筋肉が未発達なのか、話している表情は凝視に……見ているのが辛い。しかし見なければ失礼だ。
「
よく通る声、天は魅力的な声を彼女に与えた。
あとはとてつもない努力のみ……
父の知り合いの娘……父は言わなかったが。僕の頬に涙が伝わる。悲しみの涙はコントロールできるが……感動した時の涙は抑えが効かない。父にバレないよう汗を拭くふりをした。バレているだろうが。
彼女、望の挨拶は校長より来賓より、誰よりも素晴らしかった。
生徒達が教室に戻ったあと、父は彼女の母親に僕を紹介した。どういう知り合いなのかは話さない。1度聞いたが答えはなかった。2度聞く習慣は父との間にはない。
彼女を強く育てた母親には、誰もが敬意を払う。
父と話せないことを僕は義母に話す。どういう知り合いか聞いた。亜紀は珍しく言葉を濁した。
「彩と同じ歳なのに……あの子を見たら彩の悩みなんか吹き飛ぶわね」
夏、眼医者に通った。検査があるからバスで。
学生には夏休みだ。そのバスにあの娘が乗っていた。すぐに気付いた。混んだ車内。顔を隠さず堂々としていたが……子供が泣き出した。
「怖いよー」
少女はマスクをし、サングラスをかけた。
「怖い思いさせてごめんね」
マスクには子供が喜ぶキャラクターが描いてあった。子供は泣き止んだが、少女は停留所で降りた。まだ駅ではないのに。
僕はあとを追いかけていた。少女は駅までの2停留所を歩いた。マスクを外した気配はない。傷ついているのだろう。生まれてから15年。数え切れないほどひどい扱いを受けたに違いない。彼女を見ればどんな不細工な顔だろうが感謝するだろう。
僕はあとをつけ改札口まで見送った。夏休みの部活だろうか? 得意のディベート部か?
3度、同じことが続いた。彼女も僕の存在に気が付いた。改札口で振り返る。11歳年下の、彩や春樹と同じ年の娘。薄幸とはいうまい。強い女だ。あの母親も。
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