第3話 赤い研磨紙

文字数 1,196文字

体毛が揺れる音も騒がしい。雪山に翳る墓場にいる気分だった。
水とも雪とも言えない足場の上に音を立てずに雪が重なる。空から雪がのろのろと離れていくのを、横から雪被りの地蔵のように視線を注ぐ。
僕にはそれは、ちょうど弾力を失った雀の羽の様に見えていたのに。果たして飄々と離れていく。

僕はソフトウェアを開発している。C++を操り、自分たちの欲するものを0と1の世界の中に産み落とす。仕事を通して多くはない数のものを作ってきたが、心情が変化するということはなかった。興奮するほど熱中もせず、いつも目線があちこちにまばらに散らばっていた。
最近になって、広告の画像にちょこっと載せる文章や、プロダクトのコンセプトを伝えるために発信される文章を執筆する業務に携わる様になった。フリーで働いているライターさんが持ってくる小説をレビューすることもあり、自分でもそういうものを書いてみようと思い立ったがゆえ、この様な文章を書いている。

僕は自分の気持ちを文章にして書くことが無い。そのため自慰行為に近い気持ちでいることが多い。暗く、シーンとしている心情を文章にして吐き出すと、それと一緒に何かが擦り減っているような感覚を全身で味わっていた。ちょうどお腹を紙やすりでジグザグに擦り続ける行為に近いと頭の隅で思っていた。押し付ければ押し付けるほどに赤い汁が吹き出し、台風の目から外れた暴風域で風に乗っているかの様に綺麗に飛び散っている。

擦り減るならそれでよかった。そういうところが僕にはあると分かっている。タバコの煙を肺に押し込んでから吐き出すように、深夜に塩分濃度の高いインスタントラーメンを真っ黒な糖分で構成されるコーラで掻き込むかのように、自身を傷付ける傾向があるのだ。だから文章を書くのもそういうことだと思っていた。

表皮を飛び越え皮下脂肪を削ろうとした時に気づけたからよかった。男とも女とも言えない何かが、僕の後ろを見ているかの様に僕の方を向いている。

殆ど僕のことを見ていないと僕は認識しているのに、因果関係を手で探る必要などないほどに簡潔に、僕のことを見ていることは他から明らかであった。そこでようやく分かった。僕は吐き出してなどおらず、僕の中の何かは無識的にきちんと広がっている。だから見られているのは僕なのだ。

分かって欲しいなどと思っていない。書かないと痒くなってしまうのだから書いている。そうやって書いていると、僕の中の水平に広がる地上が少しずつ音を立てずに1mm広がる。

気付いたら、僕は団地の壁に上る猫の様な目の動かし方をしていた。
こうして、昨夜君は溶けてしまって僕にはついには見えなくなった。夏空の下で透き通るほどに涼しい夜風を仰ぎながら手を繋いで話をするみたいに気持ちよかった。

しつこいが、今は白銀の雪吹く大地を飛行機の上から眺めている気持ちなんだよ。



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