第8話

文字数 3,474文字

 ムスタファはムラトの従卒として、騎馬隊の任務に従事する。ムラトは常にアズイールと行動を共にし、忙しなく西ルーサの砂漠を行き来する生活が続く。ホルスの騎馬隊の役目は多岐に渡る。何も戦うだけが兵士の役割ではない。鉱山都市整備と共にアズイールが力を注いでいたのが、野盗の掃討と砂漠の交易路の整備だ。
 この西ルーサには数多くの氏族が存在し、その殆どをアズイールは掌中に治めている。主だったロタンの大きな氏族九つを集め、氏族会を設立し、鉄交易による結束と統治を浸透させよとしているのだ。当然、従わぬ者も多く存在する。
 その一つ一つにアズイールは対処して行く事になる。時には交渉で、時には武力を持って、アズイールはムラトと共にホルスの騎馬隊を引き連れ、有事に対処する。
 「西の獅子(アスラン)よ、此度の助勢、感謝申し上げる」
 アズイールの前に膝を折り、頭を下げる男が居る。この男の名はバルムト・カムリ、氏族会に名を連ねる氏族長の一人であり、アズイールの長年の友でもある。
 「お前らしいと言えばお前らしいな」
 アズイールは木の椅子に腰かけたまま、前方の鉱山を睨み、ぞんざいに返事を返す。バルムトは顔を上げ、背後の岩山に顏を向けた。
 「まさか、あやつが此処迄馬鹿とは思わなんだ。西の獅子(アスラン)よ、この通りだ」
 再び、バルムトが頭を下げる。アズイールは鼻を鳴らし、立ち上がると、背後に佇むムラトを振り返った。
 「ムラト、一気に決着(ケリ)をつけるぞ。軍を三隊に分けて突入させ、一気呵成に責め続けろ。敵を休ませるな」
 「西の獅子(アスラン)、お待ちくだされ」
 バルムトがアズイールを呼び止める。アズイールは振り返り、舌打ちをすると、琥珀の瞳を滾らせ、往年の友を睨み、言い放った。
 「バルムト、お前の息子はお前を裏切り、私に弓引いたのだ。助命は無駄と知れ。鉱山に立て籠る敵兵は全て皆殺しにしろ。女子供の別なくだ」
 腹に響くアズイールの号令に黒い騎馬隊の兵士達は敬礼し、ヤクトは無言のまま、頭を下げた。只一人、バルムト・カムリだけが項垂れ、首を振る。アズイールは寛容なだけの為政者では決してない。その事を西ルーサに住まう氏族長達は骨身に染みて承知している。
 カムリ氏族の鉄鉱山の一つが、氏族長たるバルムトの息子の手により占拠された。これは跡目争いに端を発した些細ないざこざであったのだが、バルムトは事態を収集する事が出来ずにいた。
 鉱山内部に立て籠るバルムトの息子バーファスは、氏族会から離脱を宣言し、周辺氏族に自分に呼応する様に呼び掛けた。バルムトは鉱山奪取を願ってはいたが、息子の命を取る事迄考えてはいなかった。事態此処に至って尚、バルムトは息子の説得を続けていたのだ。結果、カムリ氏族の約三分の一の兵とその家族が鉱山内部にたて籠り、氏族会からの独立を宣言したのだ。その檄文に「西の獅子(アスラン)」を名指しで糾弾する記述迄あり、ホルスの騎馬隊が動く事態にまで発展した。
 「西の獅子(アスラン)が動けばバーファスとその家族は助からぬ」
 バルムトはそう考え、アズイールに使者を送る事をずっと、躊躇っていたのだ。
 白い戦衣に身を包み、愛用のシャムシールを抜き放ち、アズイールが命令を下す。
黒い兵士は騎馬ではなく、徒歩で鉱山内部へと突入を開始した。
 「ムスタファ、付いて参れ」
 今回、陣頭にはムラトが立つ。アズイールが絶対的信頼を寄せるこの男は寡黙ではあるが、指揮官として有能である事を兵士達も知っている。愛用の長剣カンダを抜き放ち、鉱山内部へと黒い一隊が突入して行く。怒声、悲鳴が木霊し、断末魔の声が坑道内部に鳴り響く。
 アズイールは冷淡な眼差しのまま、怨嗟の声に耳を傾ける。バルムトの妻が、アズイールの前に跪き、平身低頭、涙ながらに息子の助命を訴えるが、アズイールは無慈悲に首を振り続けた。
 「バルムト、それに奥方よ。其方らの息子は父に逆らったのではない。この私に、西の獅子(アスラン)に盾突いたのだ。この意味が理解出来ぬ訳ではあるまい」
 冷淡に言い捨てるアズイールの横顔はムスタファにしてみれば始めて見るものだった。
 西の獅子(アスラン)の名を冠する死天使(アズイール)、その一端を垣間見た瞬間だった。
 鉱山内部、等間隔に配置された光取りの鏡の反射を頼りに、黒い装束の兵士が奥へと進む。鉱山の中を騎馬で進む訳には行かず、犬を内部に放ち、その後を武装した兵士が続くのだ。徒歩であってもホルスの騎馬隊の精強さ損なわれる事は無い。二重、三重に張り巡らされた坑道内部の罠をものともせず、黒い装束の兵は奥へと進み続ける。黒い兵士が通った後には血と死体で溢れ返る。
 「皆殺しにしろ」
 兵士達はアズイールの命令を淡々と、忠実に実行する。敵であれば、情け容赦なく斬り捨て進むだけだ。敵兵が武器を放り出し、命乞いをしても、表情一つ変える事無く、一刀の元に斬捨てる。これがホルスの兵なのかと、ムスタファは驚きを禁じ得ない。
 「西の獅子(アスラン)の命令である。逆らう者は全て斬捨てろ」
 ムラトの号令が兵士達の戦意に火を付ける。薄闇の中に、無数の火矢が放たれ、黒い兵士達が剣を抜き、敵を斬捨てて行く。
 凄惨な戦闘を目の当たりにし、ムスタファの足が止まる。
 「死にたくなければ、戦え」
 抑揚の無いムラトの声に背を押され、ムスタファは剣を抜き、敵と斬り結ぶ。ただ夢中だった。向かって来る敵兵を斬捨て、息の根を止める。機械的にそれを繰り返すだけで、何の猛りも感じない。ただ夢中だった。
 ああ、これが兵士になると言う事か……。
 ぼんやりと頭の片隅でそんな事を考える。ムラトに鍛えられ、ヤクトに扱かれた日々が何となし思い出され、思わず吹き出しそうになる。
 「小僧、もう剣を降ろしていいぞ」
 不意に肩を叩かれ、振り向くと、髭の老人ナディールが居た。ムスタファは何か言おうと口を開くが出て来るのは荒い呼気だけで言葉を紡ぐ事が出来なかった。
 重い足を引き摺り、兵士達と共に鉱山を出る。既に日が落ち始め、辺りは橙色の光に包まれていた。吹き抜ける風がムスタファの頬を掠めた瞬間、漸く、一心地付いた。
 口を大きく開き、肺を空気で満たす。突然込み上げた吐き気に抗えず、ムスタファはその場に膝を付き、嘔吐(えず)いた。
 「小僧、初陣にしては上出来じゃ」
 ムスタファの背を摩り、ナディールが賛辞を贈る。
 兵士達は勝鬨を上げ、アズイールは切り落とされた生首を前に涼し気な顔で立っているだけだった。人を殺し、遺体を前に平然としている。ムスタファは全身に冷や水を浴びたような心持になったが、それが何なのか形容する事が出来なかった。
 アズイールの眼前にバーファスとその家族の生首が掲げられていた。バルムトは唇を噛み締めたまま項垂れ、その妻は人目も憚らず泣き狂う。バーファス・カムリによる鉱山占拠と反乱は僅か一昼夜で終結した。結果は離反した一派の皆殺しであり、徹底した蹂躙戦だった。
 「バルムト、お前には年頃の娘が一人いたな」
 項垂れたままのバルムトに平然とアズイールが声を掛ける。
 「はい、今年十五になる娘が一人おります。西の獅子(アスラン)よ、娘は此度の反乱とは無関係で御座います。何卒、ご容赦ください」
 膝を折り、額に汗を浮かべながらバルムトが答える。アズイールは突如、破顔し笑い声を上げると、往年の友の肩に手を置き、こう切り出した。
 「勘違いするな、バルムト。お前の娘を我が息子、アマドの嫁にくれと、そう言いたいだけだ。お前の息子は父に逆らい、この私に弓を引き、命を落とした。だが、カムリ氏族は我が友である。それは変わりない」
 バルムトはアズイールの手を握り、頷き涙を流す。これがアズイールと言う男のやり方なのだ。決して残忍でも冷酷でも無いが、敵に対しては一切の情けを示さない。逆に傘下に降れば手厚く庇護してくれる。バーファスを謀反人として断罪し、カムリ氏族一党の罪は問わない。婚姻によって、それを氏族会の長達に示す。恐怖と同等の畏敬を持って、アズイールは西ルーサの覇者の地位を手に入れたのだ。
 夕暮れの朱に染まった砂漠に夥しい血が流れ、カムリ氏族の鉱山はホルトの直轄となった。鉱山を失う代わりにカムリ氏族が得たのは、西の獅子(アスラン)との姻戚関係、それと領地一帯の保障と安全である。
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