還す

文字数 1,310文字

黒川が嘘を言っているとは思えなかった。確定的だ。本当に直樹は、私のおかえりさんを呼んだのだ。私は、生きているのに。私はあのとき、もっと強引に直樹に言われれば、付き合うこともやぶさかではなかった。むしろ、お願いしたいくらいだった。好きだったのに。尊敬していたのに。何故そんな、わけのわからないことをするの。おかしいんじゃないの。私の周りには、異常な人間しかいてはいけない決まりでもあるの。

「えっちゃん氏!」

るみに肩をゆすられる。

「ぼーっとしている場合ではないでござろう。今はやることがあるでござる。生きたいでござろう」

るみは、私を励ましたいのではなく、次々と飛び込んでくるオカルト情報に興奮しているだけだ。でも、こういうときは、有難い。鬱陶しいとは言ったけれど、事実るみに助けられていることが沢山ある。るみのオカルト知識というか、オカルト的アプローチで、要領を得ない黒川のおかえりさんについての話が随分明快になった。

おかえりさんは、集めた情報の通り対象の人間の髪の毛と写真を使って呼ぶ。海から帰ってくるのもそうだし、ほとんど話さない、何も食べないというのも本当らしい。
そしてここからが新しい情報だ。おかえりさんを海に返すには、必ず呼び出した人間が死を受け入れて、おかえりさんを海に沈めなければいけない。これではほとんど「二度殺す」ようなものだと私は思ったけれど、子を失った母親、夫を失った妻の悲しみは、想像もできないほど悲痛で、だからこそこの不気味な儀式は行われていたのだろう。
そしてもし、それができなければ。呼び出した人間はおかえりさんに海に連れていかれて、殺される。

「黒川さんの話にはおかしいところが一杯あるよね」

敏彦が言った。そうなのだ。
サカナの顔が私の顔と全く違う(余談だが、私はとても薄くて印象に残らない素顔に丹念に化粧を施して生活している)のは、まあ敏彦が推測した通り材料を間違えたということで説明がつくにしても、サカナは能動的に動くし、一方的ながら意思の疎通らしきこともする。それに、老人の話では、おかえりさんは徐々に小さくなるということではなかったか。私の見立てでは、むしろ大きくなっている。少なくとも、小さくはなっていない。
さらに、これが一番の問題なのだが、私がおかえりさんを呼び出したわけではない。それなのに、何故かサカナは私を海に呼び、恐らく沈めようとしている。もし黒川の話どおりなら、沈めるのは直樹のはずだ。

「それに俺、黒川さんをイマイチ信用できないんだよね。まあ今は信じるしかないし、光村直樹を見つけてどうにかさせるっていう共通の目的ができたから、一応一緒に行動するけどね」

「そんなのできないじゃない、あんたのことだから直樹の連絡先くらい知ってるかもしれないけど……あんたの言うことを直樹が聞くと思えないし」

「いや、大丈夫なんだよね」

敏彦はスマートフォンで地図アプリのようなものを立ち上げた。

「光村直樹、今実家にいるよ」

「本当にこのデブ、こええな」

黒川が絞り出すように呟いた。私は、少しおかしくなって久しぶりに笑ってしまった。


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