信玄公との攻防

文字数 1,803文字

 其の(はや)きこと風の(ごと)
 其の(しず)かなること林の如く
 侵掠(しんりゃく)すること火の如く
 動かざること山の如し


 風林火山。
 職場に信玄公がいる。

 退勤(たいきん)(はや)きこと風の如く
 居眠りすること林の如く
 クレーム言い立てること火の如く
 仕事せざること山の如し


 (それがし)はただの足軽(あしがる)でござる。
だが、大切な戦力であるパート殿や、未来ある若武者(しんじん)を守らねばならぬ。
信玄公の伝家の宝刀(逆パワハラ)で負傷した課長殿には、城の奥にて静養をとっていただいておる。

 信玄公がのそりのそりと出陣なされた。
ここは忍の一字、年下である(それがし)の方から朝の挨拶をする。
したり顔で「マナーとして挨拶をしましょう」などと言われようものなら、はらわた煮えくりかえって仕事にならぬ。つけ入る隙など与えてなるものか。

「ザイマス」

 信玄公のお耳に届いたであろうか。
届いたみたいだ。「オ#$%」と返される。


 信玄公がパート殿を呼び立ててなにか申しておる。
「なんぞ、いかがなされたか~(なに?どした?)」
 (それがし)()く駆けつける。

 ○○の事務改正はいつの通達かと尋ねておった。
暇なお(ぬし)が通達をさかのぼれい!


 信玄公の前で若武者(しんじん)が頭を下げておる。
戻ってきた若武者に話を聞く。伝言メモを渡しただけらしい。
「そのように頭を下げずともよい(あいつにペコペコするな)」
 気のいい若武者はちょっと困り顔。無理難題であったかのう。


 信玄公は離席(さぼり)が多い。
「いずこに出陣しておられるのじゃ(どこうろうろしてんだよ)」
「法螺貝の音が聞こえまする」
 パート殿も乗ってくださる。

 17時を回り(いくさ)の撤収じゃ。
(それがし)は信玄公に勝ったためしがない。
絡むと消耗するから、距離を保つしかない。防戦一方(ぼうせんいっぽう)じゃな。
 

*****


 川沿いに設けた自陣(じじん)に着く。
真っ先に風呂に入り戦の(けが)れを落とす。

 風呂に入ってぼんやりすること林の如く。


 自陣のお殿様は、今宵、会議という名の(うたげ)らしい。
どこでなにを企てる宴なのかを問いただしたが、要領を得ない。まあいいだろう。一応聞いただけで、実はまったく興味はないのじゃ。
 夕餉(ゆうげ)支度(したく)をしないで済むのは、助かるのう。

 のんびり夕餉をいただく。
餃子と、白菜と豚バラ肉を使った塩麹鍋。ショウガとネギをたっぷり。温まるのう、健康管理も戦の仕込みのひとつじゃ。

 冷蔵庫に、洒落た箱があった。
殿は一度帰って来たのであるな。箱を(のぞ)く。色とりどりの洋菓子が四つ。
殿は気まぐれにスイーツを買って帰るのだ。
 (それがし)、三層に分かれたシンプルなケーキをいただくでござる。

 菓子を選ぶ判断は風の如く。


「ただいま~、寒い寒い、あ~疲れた」
 殿のご帰還だ。

「殿、大儀(たいぎ)であった。()く風呂に入るがよい。柚子風呂じゃ。それから事後報告であるが、ケーキをいただいたぞ」

「え? 俺が買ってきたケーキ、もう食べちゃったの?」
「左様」

「どれ食べたの?」
「長方形のケーキじゃ」

「あ~、それサンマルクっていうんだよ」
「美味であったぞ。明日は丸々艶々しておる桃のケーキを所望じゃ。殿は残りのチョコとモンブランがお好みであろう?」

「も~、しょうがないな~」
「それから明日は生ごみの日じゃ。そこにまとめておくから頼んだぞ」

「え~」
「大丈夫じゃ、頑張れ。それでは先に失礼つかまつる」

 家事を押し付けること火の如く。


 ほうじ茶を()れて自室に籠り、就寝までのつかの間、小説投稿サイトにログインする。

 自室に籠ること山の如し。


 自陣では(それがし)が信玄公みたいであるのう。


*****


 小説投稿サイトには一国一城の武将どもが(のき)を連ねる。
袖振り合うも他生の縁じゃ。
(それがし)は、ここでも足軽じゃがの。

 そういえば、神社に新年のお札をいただきに上がりしとき、お御籤(みくじ)をひいたんじゃ。そこに「古くからの友人を大切に」とあっての。

 ここに登録して二年と八か月じゃが、貴殿たちのアイコンが浮かんだんじゃ。
昼間は決して口にしないような、こっぱずかしい思いや妄想を言葉にして(さら)して、読んでいただいているからであろうか。かたじけない。

 そして貴殿たちの紡いだ言葉は、こう、琴線に触れてきての、もっと貴殿を知りたくなる。

 ……つまり何が言いたいのかというとな、これを読んでくださっている貴殿たちのことは、古くからの友人みたいに思っておるということなんじゃ。

 さて! 明日も戦じゃ。信玄公との攻防は続く。持久戦じゃからの。
照れくさいのではない、眠たくなったんじゃ!

 貴殿たちも御身(おんみ)を大切になさってくだされよ。



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