第15話:東日本大震災と原子炉の冷却ができない

文字数 1,653文字

 疲れ切って、憔悴しきった中高年の女性の頬を涙がつたって落ちた。それらを呆然と津波のすごさを眺めていた。まさに、放心状態であろう事は、手に取るようにわかった。でも放送を見てるだけで、何もできなくて柳生家の人たちも固唾をのんで映像を見ていた。柳生敦夫が、少しでも、彼らの役に立つように募金を送ろうと言うと子供達も賛成した。

 結局この晩は、眠れぬ夜を過ごし、夜通しテレビを見ていた。 翌日は、東京電力、福島第一原子炉の冷却用のポンプが洪水で2011年3月11日、15時41分、機能停止した。そして、原子炉への冷却水が遅れないという、緊急事態が発生した。このまま行けば、炉心溶融が起きて、大量の放射能が大気中に放出されると、アナウンサーが沈痛な面持ちで放送していた。

 19時3分に枝野幸男官房長官が首相官邸での記者会見にて原子力緊急事態宣言の発令を発表。20時50分に福島県対策本部から1号機の半径2kmの住民1864人に避難指示が出された。内閣総理大臣の要請により19時30分には防衛大臣が自衛隊の原子力災害派遣命令、翌3月12日9時20分に再度命令。

 21時23分には、菅直人内閣総理大臣から1号機の半径3km以内の住民に避難命令を出したほか、半径3kmら10km圏内の住民に対し「屋内退避」の指示が出た。23時16分、日本経済新聞は「経済産業省原子力安全・保安院によると、冷却水を注水するための非常用ディーゼル発電機が稼働せず、現在はバッテリーで動かしている」と報じた。

 0時49分、東京電力は1号機の「原子炉格納容器圧力異常上昇」により、原子力災害対策特別措置法15条に基づく特定事象発生が発生したと判断。1時20分に通報を行った。また、海江田経産相は3時5分からの記者会見で、原子炉格納容器の破損を防ぐため、1号機に関してベント作業、すなわち格納容器内の蒸気の放出作業の実行を発表。

 翌3月12日、7時すぎ、菅直人首相が、ヘリで第1原発に降り立ち、時間弱滞在し、職員らから状況の説明を受ける。10時17分、電源喪失状態の中で作業でベント作業が開始されたが、作業は難航。最終的にベテラン作業員1人の手により14時30分に弁の開放は成功。格納容器の破損は免れたが10分程の作業で人間が1年間に浴びても良いとされる放射線量の100倍以上に相当する106.3ミリシーベルト「約110万マイクロシーベルト」の放射線を浴びた。

 その作業員の男性は、吐き気やだるさを訴え、病院に搬送された。午後、アメリカ軍のヘリコプターで真水を大量輸送する事が可能か、東京電力から駐日アメリカ合衆国大使館への要請が行われた。14時12分、原子力安全・保安院は、福島第一原子力発電所の1号機周辺でセシウムが検出され、核燃料の一部が溶け出た可能性があると発表した。

 15時29分、敷地内モニタリングポストにて毎時1015マイクロシーベルトの放射線が観測される。このモニタリングポストは、飯舘村の方向にあった。なお、東京電力から公表されたのは、3桁小さい原発正門付近での線量「毎時5.5マイクロシーベルト、15時30分の値」であり、毎時1015マイクロシーベルトの値は公表が遅れた。

 15時36分、1号炉原子炉建屋で水素ガス爆発が発生。白い煙が確認され、東京電力社員2名、協力会社の社員2名が負傷した。なお、時間は前後するが、3時33分、2号機の非常用炉心冷却装置の原子炉隔離時冷却系「RCIC系」ポンプが作動していたことが確認された。19時55分、1号機の海水注入について内閣総理大臣が指示を出した。

 20時20分から1号機へ消火系からの海水注入が開始されたが、22時15分に発生した地震により一時中断された。21時前に行われた枝野官房長官の記者会見では、15時36分の爆発について、冷却機能を失った原子炉内において燃料被覆管を構成するジルコニウムと水蒸気との高温下での反応を由来とした水素を含んだ蒸気が原子炉格納容器内から漏れ出した。
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