#5 遺影館

文字数 965文字

 どこかで見たことある顔だ――。
 唐突にそんなことを感じた。

 駅へと向かう道すがら、毎日それを目にしているからそう思うだけだろうか。
 古くからあるその写真館には、そこで撮影された写真が店頭にいくつも貼ってある。
 七五三や成人の日、仲むつまじく寄り添っている家族の写真など、幸福に満ちた特別な記念日の一瞬を惜しげもなくさらしていた。
 七五三で撮ったと思われるその写真は日差しにさらされているせいかずいぶんと色あせ、女の子が身にまとっている着物や髪型もちょっと古くさい。
 今時の女の子が好む衣装には見えなかった。
 かなり昔に撮影されたものだろう。
 それだけ古ければ通りかかったときにそれとなく何度も見ているはずだった。

 ひょっとしたら知らず知らずのうちに、どこかですれ違っているなんてこともあるかもしれない。
 個人が経営している小さな写真屋さんだ。
 写真撮影にやってくるのは近くに住んでいる人たちばかりだろう。
 コンビニや駅やそのへんで気づかないうちに出会っているとも考えられなくはなかった。

 このことを写真館の近くに住む中学時代の友人に話すと、その写真館は近所では遺影館とも言われているのだと教えてくれた。
 その写真館で撮影した人物はほどなくして亡くなってしまい、写真館で撮ったきれいな写真を遺影として使う人が多いのだとか。

 そういえばさ、と友人は続けていった。
「小学生のころ、プールでおぼれた女の子がいたよね」
「ああ。亡くなったんだよね」
 その子は隣のクラスだったが、二つしかクラスがなかったので、同級生のことはみんな見知っていた。二年生の時、夏休みに学校のプールでおぼれていたのだと聞いた。
「オレさ、同じクラスだったからお葬式にも行ったんだけど、たしか、七五三のときの写真が使われてた気がする」
「本当かよ」
「最近あの前を通りかかることもないし、写真なんて気にかけてもいなかったけどさ。まさか、その子の写真じゃないよね」
「いくらなんでも顔を忘れるってことはないと思うけど……」
 いってるそばから自信がなくなってきた。あの子が亡くなったのは七、八歳のときだ。二十年も経てば人の顔なんて忘れてしまうものだろうか。

 写真館の前を通りかかると、今日もあの子が幸せそうに笑っていた。
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