第2話 -3-
文字数 1,492文字
「こここれがつつ土野ここ小波のじゅじゅ住所……」
「いや、落ちつけ。これ、多分事務所だよ」
「あ、備考にも書いてある。ケバ取りだけど、最後の最後まで話者を逃さず起こして欲しいですって。これ、男の声が入ってるってことかなあ」
上原の言葉に、仁志はすぐさま自分のデスクでヘッドフォンを装着し確認し始めた。すると仁志の顔はみるみる真っ赤になり「許せん……」と怒りに震えている。
「なんか言ってた?」
「ものすごい小さな声だが『俺のもの』と言っている。確かに言っている。許せん。霊だから許されるわけもない! 悪霊退散だ! お祓いを強く勧める!」
拳を強く固めて仁王立ちする仁志に、周囲は怯えた表情を浮かべている。奥村はそっとその横をすり抜けて、仁志のヘッドフォンを取りあげてフットペダルを踏んだ。
『……今週もありがとうございました。そろそろ暖かくなってくるかな? では、また来週』
確かに土野小波の声は弱々しい。普段の彼女を知らない奥村だが、言われてみると元気がないようにも思えてくる。しかし、思いこみは厳禁だ。奥村は前回の件でそれを痛感した。
エンディングテーマが流れる。だんだんと音がフェードアウトしていく。と、その音の陰に隠れて、こっそりと知らない男がしゃべった。よほど注意深く耳をすませていないと、するりと通りぬけてしまいそうなほど小さく、卑屈な声。
『俺のもの』
ささやいているくせに、べったりと鼓膜にまとわりつくような粘着質な声だった。いやらしさが前面に出ている。短い言葉なのに、人に不安や不快さを与える暗い一言。
奥村はもう一度巻きもどして再生した。
『俺のもの』
もう一度。
『俺のもの』
なにか違和感を覚える。最初の一文字に入るまえに、小石につまずくような感覚。
何度かフットペダルを踏みこんで、ようやくその違和感の正体をつかんだ。奥村は怒り狂う仁志の隣でつぶやく。
「こいつの言葉の後ろ、エンディングテーマ流れてない」
仁志は不意に冷静さを取りもどしたようで「なに」と反応する。
「短いから気づきにくいけど、ここだけエンディングテーマ切れてる。つまり、こいつの言葉、あとから被せて録音してるんだと思う」
奥村はヘッドフォンを手渡し、仁志はそれを黙って引きとる。険しい顔つきのまま、丁寧に音声を確認する。これこそが仁志本来の姿だ。
「……奥村の言うとおりだ」
苦虫を噛みつぶしたかのような表情は、見抜けなかった自分への不甲斐なさか、奥村への対抗心か。
「つーかさ、これってそもそも生放送なの?」
「彼女の信条は生だ」
「モットーはいいけど、実際のとこどうなの?」
「……忙しいときは録音のこともある」
「今回は録音なんじゃないかな。最後の挨拶しか聴いてないけど、そろそろ暖かくなってきたかな?って疑問形にしてる。今、気候が不安定だし、寒いか暖かいか日によって違う。彼女、すごい素直な子なんだろうね。あいまいな言い方にして、明言を避けてる」
奥村の評価に「当然だ」と仁志は応じる。口調はそっけないが、表情は少しだけゆるむ。上原はようやくいつもの雰囲気に戻った仁志を認めて、割って入る。
「てことは、最後に音声を編集する人間が怪しいってことか」
「スタジオにいるのは彼女のマネージャー、ゲスト、事務所の社長です」
「スタジオには入らないけど、編集作業をするのはー」
奥村はそう言って、手をマイクの形にして掲げる。仁志は眉間にしわを寄せながらも、答えを出す。
「ディレクターだ」
「ご明察」
「わたし、依頼人に確認するわ。それとも仁志、連絡する?」
上原の振りに、仁志は頭を振る。「恐れ多いです」と敬礼でもしそうな格好で。
「いや、落ちつけ。これ、多分事務所だよ」
「あ、備考にも書いてある。ケバ取りだけど、最後の最後まで話者を逃さず起こして欲しいですって。これ、男の声が入ってるってことかなあ」
上原の言葉に、仁志はすぐさま自分のデスクでヘッドフォンを装着し確認し始めた。すると仁志の顔はみるみる真っ赤になり「許せん……」と怒りに震えている。
「なんか言ってた?」
「ものすごい小さな声だが『俺のもの』と言っている。確かに言っている。許せん。霊だから許されるわけもない! 悪霊退散だ! お祓いを強く勧める!」
拳を強く固めて仁王立ちする仁志に、周囲は怯えた表情を浮かべている。奥村はそっとその横をすり抜けて、仁志のヘッドフォンを取りあげてフットペダルを踏んだ。
『……今週もありがとうございました。そろそろ暖かくなってくるかな? では、また来週』
確かに土野小波の声は弱々しい。普段の彼女を知らない奥村だが、言われてみると元気がないようにも思えてくる。しかし、思いこみは厳禁だ。奥村は前回の件でそれを痛感した。
エンディングテーマが流れる。だんだんと音がフェードアウトしていく。と、その音の陰に隠れて、こっそりと知らない男がしゃべった。よほど注意深く耳をすませていないと、するりと通りぬけてしまいそうなほど小さく、卑屈な声。
『俺のもの』
ささやいているくせに、べったりと鼓膜にまとわりつくような粘着質な声だった。いやらしさが前面に出ている。短い言葉なのに、人に不安や不快さを与える暗い一言。
奥村はもう一度巻きもどして再生した。
『俺のもの』
もう一度。
『俺のもの』
なにか違和感を覚える。最初の一文字に入るまえに、小石につまずくような感覚。
何度かフットペダルを踏みこんで、ようやくその違和感の正体をつかんだ。奥村は怒り狂う仁志の隣でつぶやく。
「こいつの言葉の後ろ、エンディングテーマ流れてない」
仁志は不意に冷静さを取りもどしたようで「なに」と反応する。
「短いから気づきにくいけど、ここだけエンディングテーマ切れてる。つまり、こいつの言葉、あとから被せて録音してるんだと思う」
奥村はヘッドフォンを手渡し、仁志はそれを黙って引きとる。険しい顔つきのまま、丁寧に音声を確認する。これこそが仁志本来の姿だ。
「……奥村の言うとおりだ」
苦虫を噛みつぶしたかのような表情は、見抜けなかった自分への不甲斐なさか、奥村への対抗心か。
「つーかさ、これってそもそも生放送なの?」
「彼女の信条は生だ」
「モットーはいいけど、実際のとこどうなの?」
「……忙しいときは録音のこともある」
「今回は録音なんじゃないかな。最後の挨拶しか聴いてないけど、そろそろ暖かくなってきたかな?って疑問形にしてる。今、気候が不安定だし、寒いか暖かいか日によって違う。彼女、すごい素直な子なんだろうね。あいまいな言い方にして、明言を避けてる」
奥村の評価に「当然だ」と仁志は応じる。口調はそっけないが、表情は少しだけゆるむ。上原はようやくいつもの雰囲気に戻った仁志を認めて、割って入る。
「てことは、最後に音声を編集する人間が怪しいってことか」
「スタジオにいるのは彼女のマネージャー、ゲスト、事務所の社長です」
「スタジオには入らないけど、編集作業をするのはー」
奥村はそう言って、手をマイクの形にして掲げる。仁志は眉間にしわを寄せながらも、答えを出す。
「ディレクターだ」
「ご明察」
「わたし、依頼人に確認するわ。それとも仁志、連絡する?」
上原の振りに、仁志は頭を振る。「恐れ多いです」と敬礼でもしそうな格好で。