第102話 好きと好きの強さ ~男女の心根~ Aパート
文字数 8,837文字
私はあまりにも堂々と私の前でする雪野さんの告白に意識が行きすぎていて気付かなかった。
だから雪野さんの告白の最中に彩風さんが怒りに任せて叫んだ理由にも気づけなかった。
その上、雪野さんが今、この場にいる全員に向かって口にした、優希君に対する“精一杯尽くします”その一言にも意識が行き過ぎていた。
「ちょっと雪野さん! いくら何でもその話はっ!」
「副会長っ!!」
そして、今までに見た事もないくらい狼狽を見せる優希君と、今にも掴みかからんとするような勢いで彩風さんが声を上げたところで遅ればせながら違和感に気付く。
それほどにまで私の中で色々な事が想像できていなかったのと、繋がらなかったのだ。
「ワタシは岡本先輩と霧ちゃんの前でちゃんと“
どんな事をしてでも
”って言いました。それくらい優希先輩の事をお慕いしています」嘘や冗談なんかじゃなくて本当に私の中では考えつかなかったのだ。そして気づいてしまえば優希君の狼狽っぷりにそれが嘘でも何でもなく本当の事なんだって実感が沸いてきてしまう。
そして頭で理解してしまえばもう後は抑える事なんて出来なかった。
せっかく施してもらったお化粧であるとか、何もかもがどうでも良くなってしまう。
「愛先ぱ――『岡本っ!』――え?」
私は一刻も早く二人の前から逃げ出したくて、カバンの事まで気が回らないまま役員室を飛び出す。
駆け込んだ女子トイレの個室で、朝の妹さんとのやり取りを思い出す。
優珠希ちゃんはもう一度で良いから優希君とお話をして欲しいと言っていた。しかも涙を瞳一杯に浮かべながら。
これ以上の秘密も隠し事もしてはいないからと懇願してくれていた。だから私は妹さんを信じて私自身の優希君への気持ちを伝えようと、優希君の言葉をちゃんと聞こうと思っていたのに……
『もしもし。お兄ち『嘘つきっ! 最低っ!』ちょ』
あの私の前で瞳一杯に浮かべた涙は一体何だったのか。あの後、私に甘えるように手の平に頬を押し付けるようにして来た優珠希ちゃんは一体何だったのか。
私の中の悔しさを少しでも吐き出したくて、優珠希ちゃんに電話をかけて、一方的に言って、そのまま通話を切ってしまう。今日は週末で親が帰って来てくれるからと携帯だけは常に肌身離さず持っていたのが幸いした。
その後、多分妹さんからだとは思うけれど何回か着信が鳴っていたけれど、誰の顔も声も見聞きしたくなかった私は、そのまま携帯の電源を落としてしまう。
そして放課後の女子トイレの個室内。お化粧が崩れる事はもうあきらめて、私は一人、思いっきり声を上げて泣いた。
しばらくの間トイレに籠っていたのだけれど、恐らくだろうけれど下校チャイムが鳴り響く。私は鏡を見なくても分かる酷い顔を洗面所で洗い流したところで、カバンを持たずに役員室を飛び出してしまった事を思い出す。
目も腫れて充血もしていて、その上に顔を濡らしたまま拭く物も無く、
「愛先輩……」
洗面所に備え付けられている鏡で、今の
私を呼んでくれた彩風さんの方を見て逆に驚く。彩風さんもまた理由は分からないけれど、目を赤くしていたから。
「……アタシ、途中から気付いていて愛先輩に言ってなかった事があるんです」
真っ赤になった目を向けたまま、私にポーチの入ったかばんを渡してくれる彩風さん。受け取ったかばんの中から、ハンドタオルを取り出して、落ちたお化粧と一緒に顔を拭く。
だけれど彩風さんは私にカバンを手渡してくれた時以外は、まるでそれ以上は私に近寄れないと言わんばかりの空気を纏って、人二人分くらいの間を保ったまま立っている。
「……言ってなかった事って、雪野さんの事でまだ何かあったりするの?」
まだこれ以上何かあると言うのか。そこまで雪野さんに気移りしてしまったのなら、もう私に優しい表情を向けないで欲しい。
「半分は当たりなんですが、もう半分は――『やめろっ! 霧華っ!』――清くん……」
私が力なく彩風さんの言葉を待っていると、途中で彩風さんの姿を見かけたから駆け寄って来たのか、額にうっすらと汗を浮かべながら、倉本君が彩風さんの言葉を遮ってしまう。
「岡本さんのそんな顔、俺はもう見たくない」
そしてここは女子の手洗い場だと言うのに、全く意に介する事なく踏み込んで、私の肩に手を回してくる倉本君。
でも相手が優希君じゃないから、触れられた肩の部分には全く熱がこもらない。
「倉本君。離して。それにここ、女子トイレ」
「俺は岡本さんをこのまま一人にはしたくない」
私の気持ちを聞かずに押し込んでくる倉本君。何で目を真っ赤にしている彩風さんの前で堂々と私を気遣えてしまうのだろう。
今、涙に濡れていたとしても、私みたいに逃げずにこっちを見ている彩風さんの気持ちが男の人には分からないのだろうか。
「お願いだから離れて。でないと声、出すよ」
「……」
私の言う事になんてまるで聞いてくれない倉本君が私を自分の方へ抱き寄せるけれど、私は倉本君との間に彩風さんが持って来てくれたカバンを差し込んで、直接触れない様にだけは抵抗する。
それを見ていた彩風さんが俯けた顔の下に、小さな、とても小さな水たまりがいくつも出来る。つまりそれって、倉本君が私に対して優しいフリをしているだけで、私の気持ちを分かってくれているとは、とてもじゃ無いけれど思えない証拠じゃないのか。
「私、倉本君がどれだけ私に優しいフリをしていたとしても、私は倉本君に惹かれないよ」
だから、すんなりと拒絶の言葉が私の口から出て来る。そして彩風さんも顔こそはうつむけて、小さな水たまりを今でも作ってはいるけれど、決してその場から逃げる事なく踏ん張っている。
本当に、その恋路がどれだけ厳しかったとしても、苦しかったとしても、好きになってしまったのなら、簡単には諦められないし嫌いにもなれない。私もそう言うタイプだけれど、彩風さんもまた私と同じタイプの人間なんだろうなって思えるし、分かる気がする。
「今はそれでも良い。ただ俺が岡本さんの近くにいたいだけだ」
なのにどうして倉本君と言い、雪野さんと言いこっちの話を聞いてくれないのだろう。少なくとも優希君なら聞いてくれたし、今まで一度も思った事は無かったけれど、私が嫌がったらちゃんと辞めてくれると思う。
「おい倉本。愛美さんから離れろって」
私の気持ちが通じたのか、それとも幻覚か何かを見ているのか、優希君の姿が見える。
「はぁ? 何の冗談だよ空木! お前、自分のした事が分かってんのかっ!」
そして言葉一つだけで、私の側から倉本君を引き離してくれる優希君。
「僕がした事で愛美さんから言われるならともかく、何で倉本に文句を言われ――」
「優希君っ?!」
言葉の途中で優希君に殴りかかる倉本君。そして彩風さんの口からも上がる小さな悲鳴。
「僕が憎いなら好きなだけ殴れば良い。ただ、愛美さんに殴られるなら僕も納得するけど、倉本のそれはただの自己満――」
「おい空木! 一人でカッコつけてんじゃねぇぞ! 岡本さんを泣かせて雪野を選んだんだろ! なら雪野を大事にしろよ! その雪野はどうしたんだよ!」
優希君の話の
「やめてよ」
女同士とは違う、本当の力と暴力の喧嘩。
「愛美さんとゆっくり話をするために先に帰って貰っ――」
「――岡本さんと話をするだと? 空木っ! まだんな事言ってんのかっ! お前も雪野と一緒に帰れよっ!!」
私の声では止まってくれない倉本君が、今度は優希君のお腹を殴る。
「やめてよっ!!」
耐えきれなくなった私が大声を上げるのと、倉本君の頬から乾いた音がしたのはほぼ同時だった。
「霧華?」
「愛美さん……」
女二人のそれぞれの行動に対して、男二人がそれぞれ別の名前を口にする。
「清くんがどうしてそれを口に出来るの? アタシが愛先輩に言おうとした言葉を止めた清くんが、どうして副会長に暴力を振るえるのかアタシに納得出来るように説明してっ! でないとアタシは嫌われたとしても愛先輩に全部打ち明けるから」
悲壮感すら漂わせて、倉本君に真っ向からぶつかる彩風さん。
「……」
「……何で何にも答えないの? アタシに説明してくれないの? ……清くん。カッコ悪いよ?」
なのに時折私の方に視線を送るだけで、彩風さんに向き合おうとしているとは思えない倉本君。
それでも倉本君と向き合うことを辞めない彩風さんが、それでも尚、倉本君に正面から当たり続ける。
「じゃあアタシは愛先輩に言う。アタシにはこれ以上こんなに優しくて、純粋な愛先輩に対して秘密にする事なんて出来ない」
そう言って私の方に向き直った彩風さんが口を開こうとしたその瞬間、
「空木スマン。頭に血が昇った。でも岡本さんを泣かせたのは空木自身だからな。俺はそれを許すつもりは無いからな」
倉本君の全く謝る気のない謝罪を耳にして、彩風さんが再び口を開こうとするのを、顔を腫らした優希君が手で制して、
「僕はさっきも言った通り、倉本から殴られる事には納得してない。だから倉本からの謝罪は受け入れない――でも、僕が言えた事じゃないのは分かってるけど、彩風さんが今、口にしようとしたことは、純真で優しい愛美さんには言わないで欲しい」
ハッキリと今更ながらの気遣いを見せてくれる優希君。でもそれは言い換えると私以外の全員が倉本君のしていた事を知っていると言う事で。
「それから愛美さん。今から“あの場所”で二人きりで話がしたい」
あの場所……つまりはそう言う事なのか。始まりの場所で終わらせてしまうって事なのか。
「……分かった」
受け入れる事も、割り切る事も、心に折り合いをつける事も、何もかもできないまま私は、全ての覚悟を決める。
「……」
そして私は彩風さんと視線を交わして、お互いの泣き顔を目に焼き付ける。
その後、曇天から
こんな事になってしまうのなら、朱先輩のブラウスを着て来るべきだった。私の心を全て拾って集めてくれる朱先輩に守って欲しかった。
「……」
朱先輩の言ってくれた通り、私なりのワガママを口にしてみたけれど、やっぱり私のワガママは駄目だったみたいです。
私は心の中で、心の底から私の幸せを願ってくれていた朱先輩に詫びる。
「今からもう雪野さんのフォローをするのも話を聞くのもやめる」
私が心の中で朱先輩の事を考えていると、優希君が意を決したように口を開く。
「それはもう雪野さんの彼氏として側に『違う! そうじゃない。僕が好きなのは愛美さんだけなんだ!』――嘘つきっ!」
私は優希君の言葉を切り捨てる。
「雪野さんに気移りしたのならハッキリそう言ってくれたら良いじゃないっ!」
二度までも優希君に秘密にされて、妹さんからも嘘をつかれて。あの涙が何の涙かも今となっては分からない。
「本当に雪野さんの事は好きでも何でもないんだ」
そして優希君の目までもが潤みだす。
「でも、私との約束よりも、雪野さんとの秘密の方が大切になったから、私に対して秘密にしたんだよね」
二人の間での事なら出来るだけ何でも言い合うようにしよう、秘密は無しにしようって約束したのに。そうやってお互いの共通の窓、ジョハリの窓で言う“解放の窓”を大きくして行こうって話していたはずなのに……
「……」
「私、クラスの女子から、私の足を蹴った女子の友達から、昨日優希君が雪野さんとその……してたって聞かされたんだよ? でも今朝の優希君の話なら、雪野さんの告白に対して優希君からのその……行動で雪野さんの告白に対する返事だって言っていたよね? つまりそれって事は雪野さんを選んだって事で良いんだよね」
私が喋り始めてからほとんど何も喋ってくれない優希君。
「もう私の事が好きじゃ無くなったのならハッキリそう言ってよ! そうしたら私、月曜日からちゃんと優希君と雪野さんを応援できるように、二人の笑顔のために頑張るから」
だから最後のワガママを口にするけれど、
「嫌だ! 僕は自分の気持ちに嘘は付けない。それに僕から雪野さんにキスなんてするわけがない。雪野さんからのいきなりのキスに、
私に言い訳ばかりしてくる優希君。
「じゃあいきなり倉本君から口付けされたって言ったら、優希君。納得しちゃうんだ」
その時の場面を想像してしまって、本当に今日何度目になるのか、目に涙が浮かぶ。結局はほとんどの初めてを雪野さんに持って行かれて、私と優希君の関係って何だったのかな……いつもいつも私たちには雪野さんの影があって。
もちろん私からお願いした事もたくさんあるから、優希君だけが悪いだなんてことは言うつもりはない。ただ私以上に色んな事を優希君は雪野さんと色々して来たんだろうなって思ってしまう。
私の質問に頭をかきむしるだけで何も答えてくれない優希君。優珠希ちゃんはああ言ってくれていたけれど、これじゃあ話し合いにならない。
私がため息をついて目元を拭った時、優希君が語りだしてくれる。
「今日の昼休み。僕にはもう愛美さんって言う素敵な彼女がいるから、雪野さんの気持ちには答えられないって、正直に断るために僕の方から二年の教室に行った。その途中でばったり会った中条さんに思いっきり殴られた。その時に色々と言われたけど要約すると、愛美さんを泣かせるんだったら、愛美さんがいるのに浮気するような男には、愛美さんには近づかせないって言われた。それでも僕は愛美さんの事が好きだから、とにかく雪野さんに断りたくて、雪野さんと一緒に昼を食べた。その時に改めてちゃんと断ったんだけど、どうしても雪野さんが諦めてくれなくて押し問答をしている間に、今日も頬にキスをされた。その時、僕は断りに来てまでそんなことされるなんて冗談じゃ無いって思ったから、帰ろうと席を立ったところで僕を止めるためか抱きつかれた時に……雪野さんの左胸に、心臓のある左胸に触れさせられた。その時に雪野さんから“ワタシ、優希先輩になら何をされても平気です”って言われて、パニックになってその場から逃げた」
そう言って、いつもの花柄の包みに入ったお弁当箱が無くなっている、カバンの中を見せてくれる優希君。
それは今、目の前で目を真っ赤にしている優希君も含めて、私たち二人に冷静になれと言っている気がする。
「じゃあさっき彩風さんが反応した通り、私の予想通り、雪野さんの……にも触れたんだ」
もう今日一日だけで、一生分の涙を流したんじゃないかと言うほど涙している気がする。
「愛美さんの中でと言うか、女の人の中では男って女性とのそう言う事が好きで、喜んでるって思ってる人がほとんどだって優珠から聞いたんだけど、中にはそうじゃない男子もいる。むしろそう言う“無節操”なのに対して嫌悪する男子もいるって事は、愛美さんにも知っておいて欲しい」
「じゃあなんで今朝の時点で言ってくれなかったの? 私、優希君と雪野さんが口付けしたって事、私や優珠希ちゃん、それに御国さんに暴力を振るっていた友達から聞かされたんだよ。この気持ち優希君に分かる?」
冷静になれと言っているような、この時期には似つかわしくはない、ひんやりとした空気の中、それでも私の涙は止まらない。涙声も治らない。
「雪野さんに対して期待した気持ち、私に対してやましい気持ちがあったからじゃないの?」
さっき優希君はそう言う“無節操”なのに対して嫌悪する男の人もいるって言ってくれたけれど、優希君がそうだとは限らない。
その上、私の体と言うか、お腹あたりを舐めるように触ったクラスのあのメガネや、ボランティアの時の男の人を見ても、中々信じにくい。何より家族であるはずの慶ですら、
「違う。やましい気持ちなんてない。前にも言ったけど、愛美さん以外の女の人に触れても嬉しくないし、ましてや僕から触れようなんて思う訳がない」
そう言って優希君の瞳からも涙が頬を一筋
どうして雪野さんに気移りしたはずの優希君が、涙を流すんだろう……どうして妹の優珠希ちゃんまで瞳に涙を溜めたのだろう……。
今日一日涙を流し続けている私には、もう何が本当の気持ちで、どれが私に対する本音なのか全く分からないよ。
「やましい気持ちも、期待した気持ちも本当になかったのなら、朝の時点で言ってくれれば良かったじゃない!」
「……朝。愛美さんの泣き顔を見て、それ以上傷つけたくなくて言えなかった」
私の質問にすぐに答えてはくれたけれど、優希君自身もすぐに矛盾に気が付いたのか語尾が弱くなる。
これが最後の機会かもしれないと思って、自分の気持ちを口にする事を私は、辞めない。
「優希君がしてくれた気遣いで、今日の私。ボロボロだよ? 私、優希君が大切にしてくれているって感じる事……出来ないよ?」
女としての意地を貫き通すことも出来なかったし、色んな人に涙を見せて、授業もすっぽかして。
それに、あの時告白した時のやり取り……何もかも果たしてもらっていない。
「ごめん。謝るしか出来なくてごめん。僕のせいで愛美さんだけじゃなくて優珠にまで傷付けてごめん」
私が悔しい気持ちをとめどなく、心の中で湧き上がらせていると、優希君が言葉と共に頭を下げた上で、
「だからたとえ愛美さんの希望、願いを聞かなくて嫌われたとしても、愛美さんと優珠の泣き顔だけは二度と見たくないから、雪野さんの話を聞くのも、フォローをするのも、何があっても、もう辞める」
改めて初めの言葉を口にする優希君。
「優珠希ちゃん?」
ただその中でも妹さんの名前を口にする優希君。
「……今はまだ怖くて全部を話す事は出来ないけれど、それでも僕が好きな愛美さんには知っておいて欲しいから、もう少し話しておくと、優珠の貞操観念は潔癖症なくらいしっかりしてるから。あんな格好ばかりに目が行きがちだけど、昨日・今日の僕の行動、たとえ雪野さんからの強引な行動だったとしても、全て男側が悪い。男の方が力はあるんだから、断れるはずだ、振り切れるはずだって考えてる。だから何があっても、どう言う理由があっても、男側の意見には耳を傾けないくらい嫌悪してるから」
一筋流れた涙の痕が残る顔で、私をまっすぐに見ながら優珠希ちゃんの話を始める優希君。
――わたしの目の黒い内はハレンチな事は認めないわよ――
あの電話越しの妹さんのからの言葉は、ただ言っているだけじゃ無かったのか。
そう言えばメッセージのやり取りの中でも何度かそう言う事を匂わせるメッセージもあった。
あの顔を赤らめて笑った時の可愛らしさ。あの短すぎるスカートなのに、全く中を見せない隙の無さと上品な所作。
そして以前デートの帰りに優希君が言ってくれた、私がびっくりするくらいの妹さんの私服姿。極めつけは何があっても優希君の味方をするはずの、お兄ちゃん子の優珠希ちゃんが、全面的に私への理解を示してくれた事。優希君の言葉に嘘は無いのだと思う。だけれど、女ってやっぱりそう言う理屈だけじゃない。
「雪野さんにほとんどの初めてを盗られちゃったよ……雪野さんのお弁当も」
――初めての二人でのお昼――
「初めての放課後デートも」
――二人で腕組んで歩いている。初めての放課後デート――
「そして雪野さんとした初めての口付け……」
―――私、まだ誰ともした事無いのに、優希君はもう……――
女が、私が求めるのはそう言う理屈だけじゃない。お付き合いを始めたばかりの時には、私は親友を優先させてもらっていた。だから多少は仕方が無いかもしれない。
でも私とお付き合いを始めてから、私が役員室で泣いている時、優希君と雪野さんが腕を組んで歩いているのも、妹さんから聞かされている。
それに……口付けに至っては本来、好きな人としかしないはずなのに……もう、今日は泣き過ぎて目も頭も痛い。
「私に近づかないで! その雪野さんの大切な場所に触れた手で私に触らないでっ! 私、まだ誰にも胸を触れられた事なんて無いし、ましてや口付けなんてした事ないよ――電話。良いの?」
そんな中、私に触れようと距離を詰めようとしてくれた優希君を止めて、鳴り続ける電話の事を聞く。
「……もう愛美さん。僕の事嫌いに――」
「――バカにしないでっ!! 嫌いになれたら私、こんなに泣かなくて済むよ! こんなに取り乱さなくて済むよ! それに私は優希君の良い所も悪い所も知ってる。そんなに簡単に優希君の事、嫌いになれるわけないじゃないっ! 私、前にもそんなに簡単に人を好きになったり嫌いになったりはしないって言ったのに……ひどいよ……ひどすぎるよ……」
優希君の言葉を止めたくて、あまりにも無神経な事を口にしようとするからビンタをしようとして、手が止まってしまう。
それでも好きな人に手を上げることが、叩く事が出来なくて、優希君の頬の前で手が止まってしまう。
そんな自分がまた悔しくて、いたたまれなくなった私は、
「ごめん。私、もう帰る」
次の約束も、もちろんデートの話も、優希君の答えも、何もかも出来ないまま家に逃げ帰る。
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