第134話 遭遇

文字数 2,134文字

 レナを乗せてセブルは駆ける。森を抜け平原に出るとその速度はさらに増した。突っ切る平原の先には街道が見えてくる。その街道が伸びる方向に合わせるようにセブルの進行方向は大きく円を描いて曲がっていった。

「今の太陽の位置で街道へ出れたから日没までには基地に戻れそうだよ。セブル」

 空気の抵抗を抑えるためセブルの背中で前傾姿勢を取るレナがささやく。それと同じくしてセブルは街道に乗り、より速度が増した。

 街道にはレナとセブル以外の通行はない。黒い弾丸となって二人は街道を着きすすで言った。

 太陽は地平線へと差し掛かり始め、逆光の雲の輪郭を赤く染め始めている。その景色を横目レナは眺める。そのときセブルの身体がビクンと震えた。

「どうしたのセブル?」

 レナは薄暗い街道を手前から辿るように先を見る。すると遠くにぼんやりと明かりが瞬いた。みるみるセブルが近づいていくと光は魔術灯でありそれをつるした馬車であった。

 ただレナには何か違和感を感じる。馬車にしては急いでいるものの、時折荷台が揺れた。その揺れによって備え付けられた魔術灯は激しく揺れている。そして馬車を揺らすモノを認識した。

「何か・・・黒いモノ・・・魔獣!」

 レナの身体に緊張が走る。それまで背中に収めていた短槍を取り出して携え、セブルは速度を緩めず馬車へと徐々に距離を詰めた。

 レナ達がもうあと少しで追いつくといった時、石畳を這う黒い塊はついに荷車の車輪へ体当たりの直撃くらわせる。車軸はへし折れ車体の懸架装置の金属が石畳に押し付けられると、薄暗かった街道に火花が飛んだ。

 一気に速度が落ちた荷馬車は動きを止める。薄暗い中でその輪郭をはっきりととらえられない魔獣は速度を落とすことなく荷馬車の前方に向っていくのがレナにはわかった。

「ヒェッ!」

 御者の声と馬のいななき聞こえる。その時セブルは空中に跳んでいた。

 御者に迫ろうとしていた魔獣の上に飛び降りたセブルはさらに魔獣を踏み台にすると、もう一跳びして荷馬車の前方に降り立つ。それと同時にレナはセブルに身体を支えられながら魔槍の突きを放った。

 本来届くないはずの短槍の射程でありながら先端の刃からは光が伸びて魔獣の黒い肢体を穿つ。魔獣は低いうなり声を上げながらたじろいだ。

「大丈夫?けがはない?」

 レナは構え直しながら緊張と視線を切らすことなく荷馬車の御者へ声をかける。

「だ、大丈夫だ!あんた、レナさんか」

 聞き覚えのある声にレナはちらりと御者の方を見た。

「ケランさんね。動けるなら早くあたしの後ろへ」

 ケランはうなづくと心惜しそうに馬の様子を見ながらレナの後方へ移動する。

「セブル。そこにいる?」

 暗闇に揺らめく魔獣の赤い目をにらみつけながらレナは言った。

「がぅ」

 相槌を打つようなセブルのうなりをレナは聞く。身体を低く構えて戦闘態勢を取ったセブルはレナの横にいた。

「この場はあたしが引き受ける。だからあんたはケランさんを連れて基地に戻って増援を呼んできて」

 レナの言葉にセブルは低く低くうなりを上げる。

「あんたその形態、もう長くは持たないでしょ。それに二人を乗せては今のあんたじゃ魔獣を振り切れない。なら今のうちにその速度で基地に知らせて欲しい。できるならユウトを連れてきて」

 そう話している間も夕やみはあたりに迫っていた。

「大丈夫、倒してしまおうなんて身の丈に合わない無茶はしない。助けが来るまで時間を稼いぐことに集中するから」

 一瞬、間が合ってセブルはレナの足元に寄り添うと踵を返してケランに迫る。ケランを羽交い絞めするようにして自身の身体に固定させた。

「ケランさん。今からその子が基地まであなたを届けます。事情を説明して増援を呼んで!」
「あ、ああっ!わかった!」

 ケランは突然のセブルの動きに戸惑いながらもレナへ返事を返す。そしてセブルは街道を走り出した。

 セブルの足音は夕やみの中へと消えていく。その動きを察知したかのように魔獣も動いた。

 レナは魔獣を見逃さない。魔獣の踏み出そうと地を踏みしめた前足に紫の光の帯が重なった。

身体を支える先を失った魔獣は態勢を大きく崩して地に伏し、完璧に出鼻を挫かれる。そして魔獣はレナを見上げた。

 レナは這いつくばった魔獣を見下ろしながらおごるでもなくただ冷静に構えを取り直して距離を取る。ゆっくりと身を起こしながら魔獣の視線の先はもうレナを捉えてぶれなかった。



 レナと別れたセブルは全速力で駆ける。街道の先には星の大釜の縁に立てられた矢倉と魔術灯の明かりが見えていた。

「!(速く!もっとはやく!)」

 セブルは背中に縛り付けるケランに聞こえることのない声を上げながら無心で全身を稼働させ続ける。一心のまま駆けるセブルには時間の感覚がわからなくなってきていた。

 街道の緩やかな坂を駆けあがると、その先に仮設の門と門番が見える。

「おーい!」

 その時、セブルの背中に縛られるケランが声を上げる。その声にハッとしたセブルは脚を止めることなく精一杯の叫び声を上げた。

 長く低いその声はケランにも門の守りを固める門番にも獣の咆哮にしか聞こえない。しかしセブルの張り上げたその声は空気を震わす以上の広さへと確かに響き渡っていったのだった。
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