第3話

文字数 1,007文字

 夕方になると辺りが暗くなり、雲が光を放っていた。鴨川沿いの河原で時が過ぎていくのを待っていた。向かいの岸では、子供が小石を川に投げていた。どうにもならない思いは夕暮れの空に溶けていくようだった。
「散歩ですか?」
 河原を散歩していた学生が僕に話しかけてきた。今日はよく誰かに話しかけられる。
「旅行です」
「そうですか。今日は風が気持ちいいな」
 学生は背伸びをした。日が沈んでいく京都の町はなんだか愛着を感じる。憂鬱な思いが少しだけ消えていくような気がした。
「疲れた顔してますね」
 学生は僕をじっと見ている。やはり他人に同情されていたのかもしれない。
「ちょっと仕事が忙しかったからね。人間関係も難しいし」
 だから僕はこんな旅行をしているのだろう。遠くにオレンジ色の太陽が見えた。
「僕も就職したらそうなるのかな」
 学生も同じ方向を見ていた。オレンジ色のティーシャツに深緑の長ズボンを履いていた。なんとなく学生生活を楽しんでいそうな気がした。きっと寮に住んでいるのだろう。
 ずっと何かを探していた。でも、見つからなかったとしてもそれも悪くないかもしれない。
 学生は河原に腰を下ろし、深呼吸をしていた。なぜ、憂鬱だったのか、その理由を考えていた。傷ついた心は癒えることはなく、それを引きずったまま生きていかなければならないと思っていた。でもなんだかそれも今日で最後のような気がする。
 鴨川沿いには多くの人が通り過ぎて行った。学生はずっと水面を見ていた。その目に懐かしさを感じた。それは、きっとどこかで会った人に似ていたのだろう。
 辺りが薄暗くなっていくと、学生は立ち上がり、去っていった。
「さよなら」と僕はつぶやいた。
 時期に夜になる。風は涼しくなっていた。僕はこの後どうしようか考えていた。幸いお金は持ってきていたので、この辺りのホテルになら泊まることができる。今まで野宿の経験がないので、果たして大丈夫だろうか。そんなことを考えながら、河原に座っていた。街灯の光が冷たく僕を照らす。僕はその光に俯きがちになる。遠くの景色が見えなくなっていく。家々の窓の明かりがずっと先まで続いている。息を吸い込むと草の匂いがした。僕はリュックサックを背負いなおし、もう少しだけ歩くことにした。川の水が流れている。今日ここに来てよかったと思った。明日、東京に帰って、それでゆっくり寝ることにする。空にはおぼろげな光を放つ月が浮かんでいた。
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