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文字数 1,305文字

 私たちは、午前中の上映時間で例のアニメ映画を見終えていた。
 午後一は混むと言うこともあったのだが、本来の目的は彼にリーダーを継ぐよう説得することだったので、話をするタイミングを持つため、文彦君と昼食を一緒に食べる必要があったのだ。
 映画を見終わると、私は半ば強引に文彦君を食事に誘い、引きずる様にファミリーレストランに彼を連れ込んだ。昼時のラーメン屋や蕎麦屋じゃ、ゆっくり話しなんかしていられないし、ファストフードじゃ席が空いているかどうかも分からないからだ。

 少し待ってから案内されて席に着き、私たちは洋食のセットランチを頼んだ。
 しかし、それが来るまでの間か食後のデザートの時に、私は文彦君に面倒な話をしなければならない。ま、食事を楽しくするんだったら、そんな話しは食後の方がいいだろうなぁ。

「で、晶さんは姉さんに何を頼まれたんですか?」
 文彦君は私の不意をついて話を切り出してきた。正直、心の準備が出来ていない。まぁ出たとこ勝負だ。私は基本的に小細工が嫌いだ。そもそも小細工できる頭がない。だからもう、正直に話すしかない。
「うん、良く分かるね。そうだよ、文枝に頼まれたんだ。文彦君が親父さんの後を継ぐように説得してくれって」
 文彦君は腕を組んで、何か考え込んでいる様だった。そして、その考える内容の一部に、自分の気持ちを私にどう説明するかも含まれていたのだと思う。
 暫くして、彼は考えをまとめたらしく、顔をあげて私に話を始めた。
「父には二つの顔があります。一つは大企業の重役で次期総帥候補。もう一つは非公式な、そうですね、土建屋の親分みたいなものです。
 最初のは創業家の重役という立場によるものなので、僕もその会社に就職すれば、その後を継ぐと言う可能性が出てきます。ただし、僕は病弱なのでCEOの重責は務まらないでしょう。そちらは株主総会で然るべき人が後を継ぐと思います。姉もそれは理解している筈です」
「はぁ」
「後の方は名誉職みたいな物なので、僕にも継ぐことが出来るかも知れない。でも、それだけに、我も我もと、その職を望む者がいることも事実です。これが何であるか、僕は晶さんに細かく説明しませんが、人望がある者が継ぐべき役職なのです。晶さんもそう考えてください」
 私は文彦君が先生で、何か講義を拝聴している様な気になってきた。
「率直に言います。晶さんは人望と言う点で、姉さんと僕、どちらが優れていると思いますか?」
「そ、それは……」
「それが答えなのです。姉さんが何と言おうと、姉さんの方が適役なのです。僕が仮に継いだとしたら、誰かが不満を漏らし、クーデターを起こすかも知れません。姉さんならば、誰も文句は言えません」
「しかし、文枝は文彦君が後を継いだら、『全面協力する』って言ってるよ。文枝の力で、クーデターなんかは抑えられるんじゃないか?」
「姉さんは、病弱な僕に対する同情で、僕に父の後を継がせようとしているだけなのです。確かに僕では姉さんの手助けにはならない。でも、姉さんならば、一人で父以上のリーダーシップを発揮できるに違いありません」
 文彦君は興奮しすぎたのか、それを言った後、少し咳き込んだ。
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