みっつめ

文字数 1,044文字

遥の手が離れた時には、女の姿は無かった。
「何で走ってくるかなあ」
行動の意味なんてないのだろうと思いつつ口をついた言葉に、遥がちょっと考えてから言う。
「……患者かと思ったのかなぁ。いつもは走ってこないし」
もしかすると私をあの車椅子に乗せようとしていたのだろうか。
「まあ、聞いてみないとわかんないけど」
「聞いたら教えてくれるの?」
「うん、たまに。あと、聞かなくても教えてくれるのも居る」
言いながら、彼女は教室のドアを開けた。
一年生の教室に入ると、窓際の席に男子生徒が座っていた。
何となく私も後について入っていくが、俯き加減で本に目を落としていて反応が無い。
もしかするとこの子もそうなのだろうかと思っていると、彼は視線を上げずに遥に訪ねた。
「居るの?」
隣の席の鞄を手に取りながら彼女が答える。
「居るよ」
「そう」
やはり俯いたまま、それきり言葉を発しない。
なにが、居る、なのか。
ガタン。
その時突然、教室の後ろで掃除用具入れが激しく揺れ出した。
古い校舎の、木で出来た作り付けの用具入れは、壁から生えているかの様にしっかり取り付けられていて、動く余地などある筈もない。
それが、ガタガタと揺れている。
しかし、二人は全く気にしていない。多分、先程の看護士と同じく『いつも』なのだろう。
不自然な光景を暫く眺めていると、何故か急にそれを開けてみたい衝動が沸き上がった。
何がこの激しい音を鳴らしているのか。
何が居るのか。
ふらふらと私が掃除用具入れに近付くのを遥は止めなかった。という事は、危険なモノではないらしい。
取っ手に手をかけると同時に揺れは止まったが、そのまま扉を開ける。
一瞬だけ男子生徒がこちらを見る気配がしたのは、いつもの事でも気にはなるからだろう。
取り敢えず、僅かに開けた隙間から中を覗き込むが、何も起こらない。
一気に全開にしてみると、中には普通の掃除用具が乱雑に放り込まれているだけで特に変わった物は見つからなかった。
ため息と共に高揚感が冷めていくのを感じながら扉を閉めていくと、光を遮られて徐々に暗くなる用具入れの奥に何かが見えた気がした。
閉じかけた扉から中を窺うと掃除用具は消えていて、明らかに先程より奥行きが深くなった闇に無数の白い物が浮かんでいる。
目をこらすと、それはミイラの様に痩せ細った骨と皮だけの手だった。
長く延びた鋭い爪がついた様々な手が、奥深くからゆっくりとこちらに伸びてくるのを見て、私は扉を勢い良く閉めた。
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