4本目(4)説法の訓練

文字数 1,145文字

「お疲れ様でした!」

 講堂の舞台袖に司が入ってきて、三人に声をかける。笑美が問う。

「どやった?」

「いやいや、今回も最高でしたよ!」

「ほうか……はあ~!」

 笑美がしゃがみ込む。司が驚く。

「ど、どうかしたんですか?」

「……」

「どこか具合でも悪いんですか?」

「いや、そういうわけやないよ……」

 笑美がゆっくりと立ち上がる。

「は、はあ……」

「緊張から解放されただけや……」

「? いつも緊張されているんじゃないですか?」

「それとはまた違う緊張感や……」

「違う緊張感?」

 司が首を傾げる。笑美が声を上げる。

「トリオ漫才なんて生まれて初めてやったっちゅうねん!」

「あ、そうか……」

「あ、そうか……ちゃうねん!」

「す、すみません……」

「い、いや、こっちも大声だして悪かった……」

 笑美が後頭部をポリポリとかく。

「で、でも、スムーズにこなしているように見えましたよ」

「そうか?」

「ええ!」

「そうか……それならまあ、別にええけど……」

「や、やっぱり勝手が違うものですか?」

「集中力がより必要になるって感じかな? 相方がもう一人おるわけやから。片方ばっかに注意を向けているわけにもいかん」

「な、なるほど……」

「まあ、勉強になったわ……」

「そ、それは良かったです……」

「ただな!」

 笑美がグイっと司に迫る。

「は、はい!」

「こういう形ならもうちょっと早く言うといてや……」

「そ、それはすみません。結構ギリギリでの思い付きだったので……双子のボケを笑美さんがどうさばくのか見てみたくなって……」

「確かに珍しい組み合わせではあるけどな……」

「ほ、本当にすみません……」

「まあええわ……」

「痴話げんか終わった~?」

「ど、どこが痴話げんかやねん!」

 礼明の言葉に笑美が突っ込む。

「いや~それにしても良かったわ~」

「いい経験をさせてもらったわよね~」

「それはなによりやったね」

「あの~お二人とも……」

「? なに、司ちゃん?」

「稽古のときにポロっとおっしゃっていたじゃないですか……」

「え? なにか言ってたっけ?」

「いや、家を手伝うことがいきなり増えてきたから、これからはほとんど顔を出せなくなりそうだって……」

「ああ、あれね……」

「そういえば言ってたわね……」

「……」

「………」

 能美兄弟が揃って腕を組んで黙り込む。司が戸惑う。

「あ、あの……?」

「「…………」」

 兄弟が顔を見合わせる。司が困惑する。

「えっと……」

「「辞めないわよ!」」

「ええっ⁉」

「家のことはなんとか都合をつけるわよ、それに……ねえ、礼光ちゃん?」

「ええ、礼明ちゃん、このセトワラは色々と勉強になるわ」

「勉強?」

「将来、説法を行うときの話術が養えるじゃない? 辞める手はないわよ♪」

 礼光がウインクする。

「ふふっ、上手な長話、高座の助けかな?」

 笑美が笑う。
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