第30話 おばちゃんとおばあちゃん

文字数 925文字

 夏は早朝ウォーキング。だんだんスタート時間が早くなり、今朝は5時10分に家を出ました。歩き始めてすぐ、見覚えのある人が向こうから歩いてきて……

 5メートル先、その人は私に気づいていない。私の方は近づくにつれ、確信した。1メートルほどになったとき、私から挨拶すると固まっていた表情が、みるみる笑顔に変わった。この人は、かつて新聞の集金に来ていたおばちゃん。今のウチに住む前の社宅で知り合った。親しくなったきっかけは、新聞社が主催する美術館などの招待券をもらったことから。毎日、足のリハビリのために歩いているのだとか。同じ町内に住んでいる。

「ariayuさん(私)、美術館に興味ある?」 突然聞かれて「はい」 と応えたのが始まり。数種類の券をお札のように広げて、選ばせてくれた。ただし1種類2枚まで。多いときは、行きたいものが重なって、どれにしようか迷ったものだ。

 私が、このおばちゃんに親しみを持つ理由はもうひとつ。父方の祖母によく似ている。他人の空似。生きていたら、孝行させてほしい人。幼いころ、私はおばあちゃんの顔が怖くて、近付けなかった。大人になってからは普通に接していたが、思い出すと今でも申し訳なさで胸が痛い。だから身勝手な罪滅ぼしのつもりで、見かけたら声を掛けてしまう。

 昨年の今ごろ、伯父が亡くなった。歩行が遅くなった父を車に乗せて、淡路島へ。何年かぶりの父の実家。伯父の供養と共に、おばあちゃんの花も持参した。私の想いは通じただろうか。

 法事は親族が一堂に会する。悲しみに暮れながら、一方で久しぶりの再会を喜ぶ。私などは不謹慎にも従兄弟に会ったのが嬉しかった。次回に来るときも、同様の理由かもと思うと複雑だ。そんな私の気持ちをよそに、父は法事の挨拶で「もう、私がここに来られるのは、これが最後でしょう」 とお別れ宣言。高齢なので、現実になるかもしれないが、万が一だってなきにしもあらず。早まったことを……聞いていた親族は、どう思っただろう。帰りの車中、父はご機嫌だった。ラジオから流れる演歌を口ずさむ。最後かもしれないというのに……胸の内は、父の歳にならないと分からないことかもしれない。

 数珠を忘れたこと、お母さんには黙っておくね。
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