第2話 飼うか、飼わないか。

文字数 1,700文字

病院に着くと、仔猫を抱えて受付へと向かった。
「予約はされていますか?」
「いや、してないんですけど、この仔、捨てられてて。放置出来なくて・・・」
看護師は視線を仔猫に目を向けると、
「こんな仔を捨てるなんて。予約の方が優先になりますので、少しお時間がかかりますが、よろしいですか?」
「あっはい。お願いします。」
待合室には犬や猫だけでなく、ウサギや鳥も飼い主と一緒に待っている。
どれもゲージに入っているが、飼い主はそれぞれに話しかけたり、微笑みかけたりしながら、順番を待っていた。僕はというと、手に抱えた仔猫を撫でながら、これからどうしようかと考えている。
動物は好きだ。でも飼っていたハムスターとの別れが辛すぎて、それ以来、動物を飼ってはいない。
幸い、僕が住んでいるマンションは狭いが、ペットは飼ってもいい物件だった。
まぁ本当に飼うことを想定して借りたわけではなく、たまたま条件が良かったからという理由だったけど。
飼うとなると、色々必要だなぁ。餌とか、小屋とか・・ん?猫は小屋がいるのか?
そもそも猫を飼うのに必要な物が分からない。
いやいや待て待て・・・僕はこの仔を飼うのか?
自分に自分で突っ込みを入れながら、仔猫に視線を落とすと、仔猫は眠っているのか、目を閉じて静かに抱かれている。腕に伝わってくるその温かさは、離しがたく、こんなに小さいのに、生きているんだなと感じさせる。
可愛い・・・
でも命を預かるって、そんなに簡単に決めていいのかな・・・
そんなことを考えていると名前が呼ばれて、診察室へと案内された。
獣医は目や耳を見た後、聴診器を体に当てたり、毛並みを見たり、お尻をみたりしながら、カルテに何かを記入していく。
「捨て猫の割には、きれいな仔ですよ。少し体重が少ないですが、他に目に見える異常はなさそうです。
この仔どうするつもりですか?もし飼えないようなら、保護施設のご案内もできますが・・・」
そういわれて・・・・再度仔猫を見る。
「僕が飼っても大丈夫なんでしょうか?命を預かるって、正直重いことのような気がして。可愛いからってだけで飼うのは無責任な気がして・・・」
そっと背中を撫でると、ミャーと可愛い声で鳴きながら、こちらを見た気がした。
「でも、この仔はあなたが好きみたいですよ。安心して撫でられている。それに、命の重さを考えられるなら、私はあなたが飼ってあげても大丈夫だと思います。もちろん責任は伴いますけどね。因みにこの仔は雄ですよ。」
「僕、猫を飼ったことがなくて、必要な物も、必要な検査とかも分からないんですが・・・」
僕がそう言うと、獣医は小さなリーフレットくれた。そこには、猫に必要な検査や費用などが書かれていた。
「この病院で推奨している検査の一覧です。避妊手術やチップの埋め込みも必要です。飼うために必要な物はペットショップで聞けば教えてもらえますよ。」
一瞬、息をのんだ。そして・・・
「・・・・連れて帰ります。」
僕がそう言うと獣医は一段と笑顔になり、子猫を段ボールに入れてくれた。
診察室を出てから会計を済ませ、車に乗り込む。
ここからはもう大忙しで、餌やら、爪とぎやら、首輪やらなんやらと、大きな出費となった。
しかし、餌にしろ何にしろ種類の多いこと。飼い方の基本の本も買った。
僕は店員に言われるまま、買い込んだが、車に乗るのか心配になった。
店員は心なしか楽しそうだ。
僕は車の後部座席に一杯になった猫の必需品を見ながら、これを持って階段を上るのかと、苦笑いをした。
帰宅途中、助手席で寝ている子猫をチラ見しながら、今日一日を考えていた。
思えば、それなりに緊張して辞表を出しに行ったのに、気づけば子猫に費やした時間の方が印象に残っている。
ふふふ・・・・一人で笑いながら、何だか幸せな気分だった。
黒猫は横切られると不吉だという話を耳にしたことがあるが、僕はこれから毎日、この子猫に横切られる事だろう。
帰ったら名前をきめなきゃなぁ。
空はもうオレンジ色に変わりつつある。
下手したら仕事の何倍も体を動かしたんじゃないかな。でもなんか・・・楽しかった。
子猫は相変わらず眠っている。

僕は今日、会社を捨てて、猫を拾った。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み