第1話
文字数 541文字
「桜の木は上に伸びているだろう。だから絵に描くときも、筆は上に上に使うんだよ。」
オレンジ色の校舎の前に、その桜の木は大きく揺れていた。
花粉など知らない頃の私は、真っ白な画用紙を左手に、パレットを右手に抱えながらその木をじっと見つめていた。
自然には単色など存在せず、様々な色と形で成り立っていることは知っていた。
緑を表現するのにみどりは使わず、黒を表現するにも黒だけではいけなかった。
そうやって色にはこだわったものだ。
完成してしまえば絵はただの動かない物体に過ぎず、過程など表現することはできないと当たり前のように思っていた。
そこに教頭先生がやってきた。
「木は上に伸びる。だから、上から下に筆を使うのではなく、下から上に伸びるように使いなさい。」
ほう、とは思ったものの、完成してしまえば、そんなこと誰も知らないじゃないか、とも思った。
私は言われるままに、絵の中の桜の木を成長させた。上に上に伸ばしていった。
「うん、やっぱりそんなに変わらないや。」
私はそう感じていた。
しかし不思議なもので、何十年たった今でも、その時の教頭の言葉と景色はいつでも忘れることなく私の中に生き続けていた。
人はどんなに納得がいかなくても、物事の本質に出会ってしまえば、もうその瞬間を忘れることなどできないのだ。
オレンジ色の校舎の前に、その桜の木は大きく揺れていた。
花粉など知らない頃の私は、真っ白な画用紙を左手に、パレットを右手に抱えながらその木をじっと見つめていた。
自然には単色など存在せず、様々な色と形で成り立っていることは知っていた。
緑を表現するのにみどりは使わず、黒を表現するにも黒だけではいけなかった。
そうやって色にはこだわったものだ。
完成してしまえば絵はただの動かない物体に過ぎず、過程など表現することはできないと当たり前のように思っていた。
そこに教頭先生がやってきた。
「木は上に伸びる。だから、上から下に筆を使うのではなく、下から上に伸びるように使いなさい。」
ほう、とは思ったものの、完成してしまえば、そんなこと誰も知らないじゃないか、とも思った。
私は言われるままに、絵の中の桜の木を成長させた。上に上に伸ばしていった。
「うん、やっぱりそんなに変わらないや。」
私はそう感じていた。
しかし不思議なもので、何十年たった今でも、その時の教頭の言葉と景色はいつでも忘れることなく私の中に生き続けていた。
人はどんなに納得がいかなくても、物事の本質に出会ってしまえば、もうその瞬間を忘れることなどできないのだ。