第二章 町井瑠璃子(二)

文字数 889文字

 そんなある日、高校時代の親友、伊藤麻里から誘いの電話があった。さっそくふたりは互いの家の中間あたりの駅で待ち合わせて、近くの喫茶店へ入った。
「おばさんのお葬式の時、あまりに落ち込んでいる様子だったから心配しちゃった。もう落ち着いた?」
 運ばれてきたコーヒーに砂糖を入れながら麻里が言った。
「うん、どうかな――母親って特別よね。父には悪いけど、父の時とは全然違う感じ」
 瑠璃子も砂糖とミルクを入れながら答えた。
「そうかもしれないわね。わかる気がする」
 コーヒーを一口飲んでから、麻里はバッグの中から一枚の印刷物を取り出して瑠璃子の前に広げた。
「私ね、この山歩きの会に入ったの。ちょうど、来週高尾山に行くんだけど一緒に行かない? 非会員も大歓迎なのよ。きっといい気分転換になると思って」
 瑠璃子はその用紙に印刷されている山の写真を見て、行ってみようかと思った。高尾山なら学生時代に登ったことがあるし、初心者でも楽しめそうだ。
「相変わらず、麻里は行動派ねえ。絵も習っているんでしょ?」
「そうよ、だから自然の中でスケッチをしたくて入会したのよ」
「ねえ、麻里はひとりで淋しいと思う時ない?」
 
 麻里は五年ほど前に離婚していた。人目を引く容姿の麻里は資産家の一人息子と結婚し、玉の輿だと当時は仲間内で騒がれたりした。しかし、そんな人も羨む結婚生活は長く続かなかった。子どもができず、夫が若い女を作り別れることになった。原因が夫にあるということで、かなりの慰謝料をもらったという噂が流れた。その後すぐに麻里の夫はその女と再婚したらしい。
 
「淋しいですって! ひとりの方が全然いいわよ。一緒にいて相手の気持ちが他にあることの方がよほど淋しいものよ。
 お金を持ちすぎると男はダメね。何でも手に入ると思っているのだから。あの人と結婚して手にできたのは物だけ。本当に大切なものは何ももらえなかった気がするわ。
 もう結婚は懲り懲り! もっと歳をとってどうしても淋しくなったら、茶飲み友達くらいは作るかもしれないけどね」
 麻里はそう言って、コーヒーを飲み干した。

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