10:状況終了につき撤収開始

文字数 1,216文字

 沙雪さんがテントから出てからも、空は紅く染まったままでした。
 暗い夜空の中にあって、その一部を塗り替えるほどに光り輝くそれが何なのかを、正確に理解できている人間がこの場にどれだけいたでしょうか。
(……これが人間の感情表現だ、なんて。

 字面でわかったつもりになれても、根っこの部分じゃ絶対に信じてないんでしょうね)

 ジン災とは、死んでしまった人間が残した感情が引き起こす災害です。
 そんな不可思議な現象に対応できる人間もまた同様に、感情の表現によって災害に対応します。
(感情を表現するために超常現象すら引き起こし、その規模もまた甚大。

 死んだ人が祟り神なら、収める彼女は現人神というところかしら)

 人が死んで神になり、神のごとき人が治める災害。

 ゆえに、人はこの災害のことをジン災と呼び。

 ――あら、沙雪ったらまだ残ってたの?
 それに対応できる人間のことを、感情の専門家――感情家と呼ぶのです。
(……まぁそんなことができる人間は、おおむね元の意味通りに振舞っているから、間違いではないのだけどね)
 どうよ、スピード解決! さすがよね!!
 はいはい、すごいすごい。
 ……ちょっと、反応が冷たすぎない?

 せっかく残業をさくっと終わらせたのにさぁ。

 やり方が悪いのよ、いつも……。
 結果がちゃんと出てるんだからいいじゃない、もう!
 サーニャちゃんはそう言うと、沙雪さんの横を通り抜けてテントの中へと入っていきました。

 そして、

 ――こっちの仕事は終わったから、あとは全部そっちでやってちょうだいな!

 あと、車を一台借りていくわよ?

 ……はあ? 帰るのに足が必要だからに決まってるでしょうが!

 それともなに、送迎にわざわざ人を割くほど余裕があるっての!?

 ――無いんでしょうが! だったら文句言うんじゃないわよ!!

 一方的にそう言い放つと、すぐにテントから出てきました。
 …………。
 その様子をなんともいえない様子で見ていた沙雪さんでしたが、サーニャちゃんがなによと言わんばかりの不満げな表情を浮かべたのをみて、ため息を吐いて表情を戻します。
 ――運転は任せていいのよね?
 そして、小言の代わりにそう言いました。
 残業でしっかり働いた上に運転までさせようってのー?
 サーニャちゃんは沙雪さんの言葉を聞いて、心底嫌そうに表情を歪めてそう言いました。

 だから、沙雪さんはこう応じました。

 ……冗談よ、冗談。

 帰りくらいはちゃんと私が働きますとも。

 だから鍵をちょうだいな。

 さっすが沙雪。わかってるぅ。

 ――それじゃあ、さっさと帰りましょう。

 サーニャちゃんはそう言って沙雪さんに鍵を投げ渡すと、鼻歌を歌いながら歩き出しました。

 沙雪さんはそんなサーニャちゃんと後ろにあるテントの間で一度だけ視線を往復させた後で、

 ……ご愁傷様。

 自業自得でもあるけどね。

 誰にでもなく、呟くようにそう言ってから、サーニャちゃんの後を追うように歩き出しました。
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登場人物紹介

名前:サーニャちゃん

特記事項:感情家、口がちょっと悪い


思ったことをすぐ口に出し、考えたことはすぐ行動に移す。

猪突猛進を地で行くような生き方は周囲に迷惑をかけることも多いけれど、悪人ではないので嫌われることはそんなにない。

名前:沙雪さん

特記事項:サーニャちゃんの友人、怒ると怖い


サーニャちゃんと付き合いの長い友人。

サーニャちゃんの扱いは慣れたものだが、引き起こすトラブルに慣れたわけではない。

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