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一体幾人のワタシを倒して来たのだろう……。
いえ、分かるわね。
深度21に挑むのだから、今までで20体屠ったことになる。
けれど、深くなるにつれ、もうワタシは、深きものは私の原型を留めていなかった。
深度20の敵は人の形すらしていない。
目の当たりにするにはおぞまし過ぎる存在。
けれど、不思議と恐怖は感じなかった。
深きものと対面する時、その容貌とは関係無く、なんだか懐かしみを覚えるのだ。
そう、初めてダイブを経験した時もそうだった。
一体深きものって何?
本当に、私の中に眠る殺人衝動の根幹なの?
おーい、何をぼんやりとしてるんだ?
そろそろ危険水域に達するぞ!
まさか、また記憶が混濁しているんじゃ……。
ううん、大丈夫。
私の記憶も意識もはっきりとしているわ。
……ふふ、寝ているのにはっきりとしているなんて変な感じね。
なんだか妙に落ち着いているね。
深度20達成の時に説明したように、深度21はいまだ誰も到達していない水域なんだ。
キミは未踏の深度に挑もうとしている。
ここに居る深きものの驚異も未知数なんだぞ。
分かっているわ。
でもね、まったく不安は感じないの。
きっとあなたが、ホールデンがそばに居てくれるからね。
よせやい!
照れるじゃないか。
……まぁ、精神が安定しているのはいいことだね。
今のキミならどんな深きものとも渡り合えるかもしれない。
ここでの強さは精神の強さ。
恐怖を感じないということは、キミの精神力が深度の脅威を上回っている……ということかも。
あっ、水底の方に何か見えて来たわ。
なんだろう、いつもの深きものとは違う気がする。
…………。
……。
……なんだか急に胸がざわついて来た。
いやだ……これ以上潜りたくない……!
この先に行きたくない!
落ち着け!
心を乱すと、ダイブに悪影響が出るぞ!
いやだ、怖い!
怖い? 私は何を恐れているのか。
まだソコに何があるのか分からないのに。
でも、深きものと遭遇する時の懐かしみとはまったく違う。
この先にあるものは、私の平安を脅かすものだ!
むっ、見えて来たぞ。
なっ、こ、これは……!
私たちの下には、巨大なブロンズ製の門が水底を蓋をするように横たわっていた。
そしてその門の表面に彫刻されているもの……あれは、あれは……。
門に、何か書かれているな……
ふむふむ……この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ。

こいつは、ダンテの神曲に出て来る地獄の門か!
門の表面には、今まで私が押し殺して来た衝動が描かれていた。
赤ん坊の弟をうとましく思ったこと。そのあまりに何度床に叩きつけようと思ったことか。
パパを忘れて他の男と一緒になった母親。挙げ句には弟を妊娠した。何度その大きなお腹を殴りつけようと思ったことか。
そして新しい父親。母親の前では優しい父親を演じているが、私は気づいている。この男は私をいやらしい目で見ていることを。何度、何度包丁で刺し殺そうと思ったことか。
思ったことか。
思ったことか。
思ったことか!
うん? どうした?
おい……しっかりしろ!
うわぁぁぁぁぁぁぁ!!
いけない!
睡眠レベルが反転している!
……そうか、この門は精神の形を映し出す鏡のようなもの。
未殺人囚808は、強制的にこの水域から弾き出されようとしているんだ!
ああああああああ!!
駄目だ!
こんな急激にダイブ状態から覚醒したら精神的ダメージが大き過ぎる。
下手したら二度とダイブを……、いや、最悪廃人になる可能性も……!
やめて!
私の心の内を見せないで!
見せないでよ!
見せないでよ!
私の中の殺意が膨れ上がる。
それは今まで向けようにも向けられなかった殺人衝動。
私の手の内に一振りの刀が現れる。
いや、もはやその規模は太刀だ。
私はそれを大きく振り上げた。
この門を破壊しなきゃ。
私の心の平穏を取り戻さなきゃ!
やめるんだ!
今の精神状態で門を破壊したら何が起こるか分からない。
反作用エネルギーで心をズタズタにされるぞ!
私の前から失せろーーーーー!!
激昂とともに、エネルギーを吹き上げる太刀を振り下ろした。
ザクッ!!
ぐ、ぐぁ……っ。
えっ……、う、嘘……。
私が切り裂いたのは門ではなかった。
私の前に立ち塞がり切り裂かれたのは、私のバディ……、私の愛するクマのぬいぐるみ……、
ホールデーン!!
To be continued
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登場人物紹介

深層意識の水底を目指して潜り続ける主人公
未殺人囚No.808

バディ

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