第2話

文字数 940文字

「真由美、今どうしているの?」
傍らに腰かけた真由美に、香織は尋ねた。ただの会社員よ、と真由美は素っ気なく答えながらも、一応「グループ長」もしているの、係長のようなものよ、と付け加えるのを忘れなかった。名刺ちょうだいよ、と香織がせがむと、真由美は微笑みながら、今日は忘れてしまった、とだけ答えた。
今度は真由美が香織に何をしているの?と問い返すと、彼女は笑みをこぼしながら、両手でピアノを軽く弾くしぐさを見せた。
「もしかしてなったの、ジャズ・ピアニストに?」
真由美の声が自然と上ずる。音大を出たのは、風の便りに聞いていたが、まさか本職にするなんて。
「本当、よかったわね。香織の夢だったもの」
「ありがとう。そう言ってくれる友達、あなただけだわ」。
香織は力なく笑った。
そういえば高校では、彼女の唯一の話し相手だったと真由美は思い出した——

あの頃、香織は周りの女子から浮いていた。一つのクラスにぽつぽつと散在する女子のグループのいずれにも彼女は属そうとせず、時にはわざと仲の悪いグループ同士を、渡り鳥の様に行き来することもあったという。その無頓着な姿勢が周りから嫌われたのだろう。
だが、普段は小さな女子のグループの片隅にいる真由美は、そんな香織が気になっていた。クラスの違う二人が出会ったのは、合唱部だった。香織はピアノの伴奏を担当していたが、時には演奏に夢中になる余り、曲のテンポが狂ってしまい、先生から度々怒られていた。しかし真由美はむしろその自由奔放な演奏に聞き入っていた。自分自身は勉強や部活、人間関係もそつなくこなせる真由美にとって、ピアノだけに打ち込める香織は、異色の存在だったのだ。


「ピアノの仕事は忙しいの?」
「さっぱりよ。人前でピアノを弾くよりもスーパーのバイトでお惣菜を詰める日の方が多いくらい」
「それは大変ね」
「でも、まあ自分で選んだ道だしね。周りの反対を押し切ったのだから自分勝手というか、自業自得というか」
香織はそう言ってくしゃみをした。二人きりの駅のホームは、外よりも肌寒く真由美には感じられる。
「覚えている?高校の卒業式の前日のこと?」
香織が鼻先にハンカチを当て、声を少しこもらせながら尋ねると、真由美は黙ってうなづいた。
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