第7幕
文字数 1,874文字
白銀の光のスパンコールが、溢れんばかりに輝く川の水辺で、仲睦まじく寄り添う白鳥のカップル。
雄大な青空を、自由の象徴のように力強く飛翔していく鷹(たか)。
風花が舞い散る中、冷厳な雪原の白さと見分けが付かないオコジョの、水に濡れた黒スグリのような円らな瞳。
空の彼方に薄れゆく虹の橋を、地上に繋ぎ止める使者であるかのように羽ばたいていくアオスジアゲハの、目の奥に染み入るような鮮やかなエメラルドグリーンの羽根。
池の中に浮かぶ蓮の花と、その葉の配置が絶妙に嵌まり、葉の上に鎮座している雨蛙が、鴇(とき)色の大きな冠を戴いているように見える写真もあった。
いずれはその身近な野性動物達の種類が、チーターや象になり、ペンギンやアザラシになったりするのだろう。
晶の眼裏(まなうら)では、逞しい青年に成長した蔦彦が、生命力溢れる野性動物や、移ろいゆく季節のかけがえのない一瞬を切り取るために、世界中を東奔西走している姿が見えるようだった。
その片鱗は、今目にしている写真作品の中にも、充分過ぎるくらい現れていた。
全ての写真にじっくりと目を通し、満ち足りた気分でポケットアルバムを閉じると、それを蔦彦へと差し出した。
「見せてくれて、ありがとう。
素晴らしい写真だったよ。
以前、僕の絵を見せた時に、表現者って呼んでくれたけど、蔦彦も表現者だったんだね。
それに、各々形は違うけど、竹光も真澄も、表現者なんだと思う。
きっとね、僕達は四人とも、心の奥に秘めている熱い想いを、美しい形で表現したいって、そう願っているんだと思う。
だからこそ、ハーモニーが起きるんだよ」
蔦彦は、ポケットアルバムを受け取りながら、頷いた。
「うん…‥。そうだよね。分かるよ。
それじゃあ今度は、一緒に物語を創り上げることで、そのハーモニーを奏でてみようか」
そこで少年達は、通学用のリセバッグを壁際に寄せて片付けると、四脚の古びた木製のスツールを、輪になるように配置した。
そして、そこに腰を落ち着けると、両手を広げ、四人で互いに手を取り合った。
それから蔦彦の誘導により、厳かに儀式が始まる。
「目を閉じて、ゆっくりと深呼吸を始めよう。
吸って、吐いて。吸って、吐いて。吸って、吐いて。
…‥気分が落ち着いてきたら、心の中に、宇宙を思い浮かべるんだ。
ラピスラズリみたいに、深い、深い、コバルトブルーの空間に、メタリックに煌めく星達が、無数に散らばっている。
そこで肌に感じるのは、胎児の時に浮かんでいた羊水みたいに、優しい温もり。
そしてその空間には、絶えず風が吹いている。
風達は、宇宙の隅々まで駆け巡ることが出来るから、それこそ星の数ほどの物語を知っている。
これからその風の中の一つを捕まえて、とっておきの物語を聞き出してみようと思う。
さあ、どの風が良いだろう?
くるくるとピルエットを踊りながら、軽やかに通り過ぎていく風だろうか?
それとも、陽気な口笛を吹きながら、ジェットコースターみたいに乱高下していく風が良いかな?
そうじゃなければ、虹色のあくびを滲ませて、ふわふわと漂っていく風を選ぼうか?
絹のようにしっとりとした妖艶な風からは、魔性の気配がするね。
…‥あ、今通り過ぎた小さな風からは、涼やかな薄荷の香りがしたな。決めた。
あの小さな風を呼び止めて、彼からとっておきの物語を聞かせてもらおう。
…‥さあ、今呼び止めたから、肺の奥までたっぷりと、その風を吸い込んでごらん。
そうやって、約六十兆個の細胞全てに、爽やかなミントブルーの香りを染み込ませていくんだ。
そうしたら、細胞が見る夢を、言葉として紡いでいく。
慌てずに、ゆっくりとでいい。
最初の出だしは、僕から始めよう。
それから後は、インスピレーションを授かった順番に、回していって欲しい。
…‥それじゃあ、始めるよ。
とっておきの物語の開幕だ」
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・・・ 第8幕へと続く ・・・
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