3-11. 巻き戻される世界
文字数 1,844文字
「ここのデータを今度昔の物に全部入れ替えるわ。そこからがあなたの出番よ」
ヴィーナはニコッと笑って言う。
この膨大なコンピューターのデータを全部昔のデータに換装するというのだ。
「え……? あ、それをすると昔に戻るってことですか? 時間を巻き戻すわけではないんですね」
「時間は巻き戻せないわ。でも、この星の人たちにとっては巻き戻したのと同じ効果があるのよね」
「なるほど……、そうかも……しれません」
ユリアは理屈では分かるものの何だか釈然としない思いが残った。
追放も裏切りも優しさも全て無かったことにされる。自分たちが必死に生きた時間がただのデータとして処理され、昔のデータに書き換えられる。その軽さがモヤモヤとなってユリアにまとわりついた。
とは言え、亡くなった人もそれで生き返るのなら、そっちの方がいいのは明白ではあるのだが。
ここまで考えて、ユリアはふと違和感に包まれる。データを入れ替えて亡くなった人が生き返るのなら命とは何なのだろう? 死んでしまった人が生きていた昔の続きを生きるとして、それは同じ人と言えるのだろうか?
しかし、それは哲学的で答えは出なかった。
ユリアは周りを見回してみた。何百枚ものブレードが挿さった円筒が、はるか彼方向こうまで延々と並んでいる。なるほど、これが自分たちの星なのだ。そして、これで過去に戻っていく……。
ユリアは期待と不安の混ざった心持ちで、円筒でチカチカと明滅するランプの群れをボーっと眺めていた。
◇
焼肉屋に戻ってきた一行は、しばらく歓談したのちに解散となった。
「今晩はこのホテル使って」
ヴィーナはそう言うとカードキーをユリアに渡す。
「ドラゴン、あなた行き方わかるわね?」
「はい、前回もここ泊まりました」
「よろしい。それでは明日十時にオフィス集合ね。熱い夜を楽しんでね! チャオ!」
ヴィーナはウインクしながら上機嫌に消えていった。
◇
しばらく二人は手を繋いで東京の街を歩く。
道にはレクサスにテスラにベンツ、そしてタクシー、トラックがひっきりなしに走り、その道の上空には首都高速が通っている。王都の石畳の道をのどかに走る馬車しか見たことのないユリアにはまるで夢の世界だった。
そして、道の脇にはきらびやかな飲食店にコンビニ、そして夜のお店……。ユリアは思わずため息をつき、ただ圧倒されていた。
すると、超高層ビルを指さしてジェイドが言った。
「あそこだよ」
ユリアはビルの間に見えてきたひときわ高いビルに目を奪われる。
「えっ!? あれがホテル?」
全面ガラス張りのそのビルは上品な照明が窓からのぞき、流れるようなラインを夜空に向かって描き、その威容を誇っていた。
「部屋番号は5001、あのビルの五十階だ」
「五十階!?」
ユリアはビルを見上げ、自分がそんな所に本当に泊まれるのか心配になった。
ジェイドはそんなユリアをそっと引き寄せると、
「素敵な部屋だから大丈夫だよ」
と耳元でささやく。
ユリアはゆっくりとうなずいた。
◇
部屋のドアを開けると、そこはスイートルーム。豪奢なインテリアで彩られ、リビングのテーブルにはフルーツの盛り合わせが飾ってあった。
そして、大きな窓の外には東京の夜景がどこまでも広がっている。
ユリアは窓に駆け寄り、
「うわぁ……」
と、圧倒されながら煌びやかな高層ビル群や首都高を走る車の群れを眺めた。
ジェイドもそっと寄り添って一緒に夜景を眺める。
「ねぇ……、ジェイド?」
「どうした?」
「さっきの話、本当なのかな?」
ユリアは首をかしげながら言う。
「女神様は嘘などつかない。ここから見える景色もまたジグラートの中で作られたものだ」
「ここに住んでいる人は知ってるの?」
「知らない。でも、たまに気がついちゃう人がいて、いたずらを仕掛けてくるらしいよ。お金儲けに使ったりね」
「いたずら……。ふぅ、私なんて、ジグラートを見せられたって信じられないのに」
ユリアは眉をひそめてジェイドを見る。
ジェイドはそっとユリアの髪をなでて言った。
「何はともあれ、二人とも無事でよかった」
ユリアはニコッと笑って、
「本当によかった……」
と言うと、ジェイドをハグし、ジェイドの精悍な男の匂いを吸い込む。
温かな安心感に満たされ、ユリアは幸せそうな笑顔を浮かべる。
「ジェイド……。もうダメかと思っちゃった……」
「心配かけたね、ありがとう」
ジェイドはユリアの背に手をまわし、髪に頬よせて言った。
ヴィーナはニコッと笑って言う。
この膨大なコンピューターのデータを全部昔のデータに換装するというのだ。
「え……? あ、それをすると昔に戻るってことですか? 時間を巻き戻すわけではないんですね」
「時間は巻き戻せないわ。でも、この星の人たちにとっては巻き戻したのと同じ効果があるのよね」
「なるほど……、そうかも……しれません」
ユリアは理屈では分かるものの何だか釈然としない思いが残った。
追放も裏切りも優しさも全て無かったことにされる。自分たちが必死に生きた時間がただのデータとして処理され、昔のデータに書き換えられる。その軽さがモヤモヤとなってユリアにまとわりついた。
とは言え、亡くなった人もそれで生き返るのなら、そっちの方がいいのは明白ではあるのだが。
ここまで考えて、ユリアはふと違和感に包まれる。データを入れ替えて亡くなった人が生き返るのなら命とは何なのだろう? 死んでしまった人が生きていた昔の続きを生きるとして、それは同じ人と言えるのだろうか?
しかし、それは哲学的で答えは出なかった。
ユリアは周りを見回してみた。何百枚ものブレードが挿さった円筒が、はるか彼方向こうまで延々と並んでいる。なるほど、これが自分たちの星なのだ。そして、これで過去に戻っていく……。
ユリアは期待と不安の混ざった心持ちで、円筒でチカチカと明滅するランプの群れをボーっと眺めていた。
◇
焼肉屋に戻ってきた一行は、しばらく歓談したのちに解散となった。
「今晩はこのホテル使って」
ヴィーナはそう言うとカードキーをユリアに渡す。
「ドラゴン、あなた行き方わかるわね?」
「はい、前回もここ泊まりました」
「よろしい。それでは明日十時にオフィス集合ね。熱い夜を楽しんでね! チャオ!」
ヴィーナはウインクしながら上機嫌に消えていった。
◇
しばらく二人は手を繋いで東京の街を歩く。
道にはレクサスにテスラにベンツ、そしてタクシー、トラックがひっきりなしに走り、その道の上空には首都高速が通っている。王都の石畳の道をのどかに走る馬車しか見たことのないユリアにはまるで夢の世界だった。
そして、道の脇にはきらびやかな飲食店にコンビニ、そして夜のお店……。ユリアは思わずため息をつき、ただ圧倒されていた。
すると、超高層ビルを指さしてジェイドが言った。
「あそこだよ」
ユリアはビルの間に見えてきたひときわ高いビルに目を奪われる。
「えっ!? あれがホテル?」
全面ガラス張りのそのビルは上品な照明が窓からのぞき、流れるようなラインを夜空に向かって描き、その威容を誇っていた。
「部屋番号は5001、あのビルの五十階だ」
「五十階!?」
ユリアはビルを見上げ、自分がそんな所に本当に泊まれるのか心配になった。
ジェイドはそんなユリアをそっと引き寄せると、
「素敵な部屋だから大丈夫だよ」
と耳元でささやく。
ユリアはゆっくりとうなずいた。
◇
部屋のドアを開けると、そこはスイートルーム。豪奢なインテリアで彩られ、リビングのテーブルにはフルーツの盛り合わせが飾ってあった。
そして、大きな窓の外には東京の夜景がどこまでも広がっている。
ユリアは窓に駆け寄り、
「うわぁ……」
と、圧倒されながら煌びやかな高層ビル群や首都高を走る車の群れを眺めた。
ジェイドもそっと寄り添って一緒に夜景を眺める。
「ねぇ……、ジェイド?」
「どうした?」
「さっきの話、本当なのかな?」
ユリアは首をかしげながら言う。
「女神様は嘘などつかない。ここから見える景色もまたジグラートの中で作られたものだ」
「ここに住んでいる人は知ってるの?」
「知らない。でも、たまに気がついちゃう人がいて、いたずらを仕掛けてくるらしいよ。お金儲けに使ったりね」
「いたずら……。ふぅ、私なんて、ジグラートを見せられたって信じられないのに」
ユリアは眉をひそめてジェイドを見る。
ジェイドはそっとユリアの髪をなでて言った。
「何はともあれ、二人とも無事でよかった」
ユリアはニコッと笑って、
「本当によかった……」
と言うと、ジェイドをハグし、ジェイドの精悍な男の匂いを吸い込む。
温かな安心感に満たされ、ユリアは幸せそうな笑顔を浮かべる。
「ジェイド……。もうダメかと思っちゃった……」
「心配かけたね、ありがとう」
ジェイドはユリアの背に手をまわし、髪に頬よせて言った。