0|東京凍結|トウキョウフリーズ

文字数 1,390文字

 東京が世界の(ことわり)を描く力を失い、さて如何程(いかほど)のときが経ったことだろう――。
  
 前世紀末、明けない夜明けなど存在しない――――いつまでも今日が続くような金色の日常のみが延々と続いていた。ミレリアル。誰が呼んだことか。よくも当てはめて言ったものだった。経済が崩壊しようと。環境が崩壊しようと。厭世的になろうと。笑顔が絶えることは決してなかった。絶えず立ち上がる人々がいたからだ。しかし――
 あるときから。どのタイミングで。知らず知らずのうちに。秒と分が踊るうちに。
 水が変わり、大気は澱みを増し、木々が変調を(きた)し、刻々と滅びが忍び寄る。そして人々の心に浸透する――報復と怨恨の連鎖。積み重なっていく。残虐さは、一目で分かる。
 明日のありがたみなど無い――追われるような日常が忙しなく続く――人々はそれを享受し続けるしかなかった。
 変貌とは。思いもよらぬかたちで。始まりそして身体に心に滲むように馴染む。
 さっきまで読んでいた本を実は<終章>から読んでいたのだと。気がつかなかったように。
 いつの間にか内容は改変されている。たった今。この瞬間も。
 この国の歴史の事実もそう。たとえば聖徳太子はいた? いいや、いなかった? それとも? イフはいつまでも続く。しかし、畏怖はいつまでも終わらない。首塚は破壊してはいけない。いらずの森に入ったら一生出られない。誰が決めた? わからない。だけどそんなこと。ミサイル一発で。一瞬で。消える――記録は誰がアップデートする?
 忘れてしまえばそれまでだ。恐怖なんて一瞬にして塵と為す。新たな恐怖の上に。混沌が構成されていく。
 凄惨に。
 強烈に。
 猛烈に。
 そしてこの虚無(きょむ)のような日常と共に生きる決意を固められるわけもなく、世界は次第に混乱の色相(しきそう)へと染められていった。
 凶事(きょうじ)の前兆を知らせたのは金色(こんじき)羽色(はいろ)を持つ蝶の群れだった。
 (おびただ)しき数のその群れは(またた)く間に空を覆い尽くし――一昼夜空を飛び回り、朝露(あさつゆ)の降りる頃にその命を終え――堕天(だてん)に伏した。
  
 そして起きた。カタストロフィ……
  
 蝶が蒔いた金色の鱗粉は大地に何かしらの変化を巻き起こしていた。
 世界で最も享楽(きょうらく)に溺れていた街はその日。喪に服したかのように静寂(しじま)となった。
 月が一周するまで、雨が続いた。
 陽もまったく射さず、街を照らすものはネオンのみとなっていった。
 毎夜の度に起こった地震。
 破壊の前兆に人々は次第に恐怖を感じだしていた。
 悲壮と狂騒が渦巻きそれが頂点に達したかの頃、首都東京に大停電(東京・フリーズ)が襲った。
 大停電は首都機能を壊滅に至らしめ、更に人心を奪うに至った。闇は不安と狂乱をもたらす。負の感情をたやすく。起きたものは内乱と騒動の数々だった。時を重ねるたびに、まともな人を見ることもなくなった。風に身を任せるたびに思い出に黄昏れることをやめた。安らぎなどもう、あり得ないのだと誰もが知った。
 その後――この街をかつての栄華のように彩ったのは、名を捨てた放浪者や、首都移転後、流刑地として使われた東京に送り出されていく罪人たちばかりだった。
 決して誰も、忘れはしまい。人がいる限り、この星にとって、絶望は終わらないことを……滅びの眠りを越え、黎明(れいめい)の時からはや幾月(いくつき)――
 東京、今再び泡沫(うたかた)より、現世(うつしよ)(ことわり)となり、理想とその破滅を享受せん。
  
 【東京新皇府大教典 巻之9 12より】



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