クジラの胃袋

文字数 947文字

 ジンゴロは翌日には港に出入りしていた。
「これはなんていうの?」
 船員たちに食材を見せながら、言葉を覚えた。ほとんどの島民が文字など読み書きできない。ひたすら耳できき、口でまねる。

 10日後、数名を残して船員は沖に停泊している巨大な黒い船に引き上げた。ジンゴロも一緒に小さな手漕ぎのボートで向かう。
「料理人は漕がないんだ。焦げないなんてな。」
 オールを渡されそうになったジンゴロに料理長は言った。料理人にとって手と舌は命だ。
 近づくほどに船の巨大さに圧倒された。ジンゴロたちの家がいくつも入るほどの広さだ。背中から潮を吹いているのかと思っていたが、実際は大きな筒から黒い煙を出していた。いくつもの木が生えていて布やロープが巻かれている。船員たちが上り下りしている。

 料理長の名は、ミッチー・バロック。料理人たちは『ロクさん』と呼んでいる。
「誰か、新入りの面倒見てやれ。」
 皆、自分のことだけで手一杯だった。
「ヒロ、お前が面倒見ろ。」
 食器洗いををしていた若い男に言った。男は一瞬顔をしかめた。厨房では料理長の命令は絶対だった。

「俺は、ヒロ・ユキサカ。日出国から料理を習いに来た。」
 かれは、挨拶をしたがジンゴロには理解できなかった。
「困ったな。ヒロと呼んでくれ。お前にも呼び名をつけてやる。デルゲロ・・・珍妙な名だな。そうだ、珍妙だからチンケにしよう。」
 その日からジンゴロはチンケと呼ばれるようになった。ジンゴロはヒロにくっついて回った。ヒロはそんなジンゴロを少々うっとうしく感じたが子分ができたようで嬉しくもあった。
「チンケ、海の上ではまともな料理はできない。だから、船乗りは陸に上がったときにしっかり食べておくんだ。」
 ヒロは身振り手振りで説明した。かれも異国人だったので言葉を覚えるには苦労した。それを知っていて料理長は彼につけたのだろう。ジンゴロは4つのコップの話を伝えた。
「そうか、お前もしたのか。4つとも当てたって?そりゃすごいな。おれは3つだ。まんまと塩水にはだまされちまった。甘い水を先に飲んじまったからな。右に濃いのを置くんだ。」
 ジンゴロは左手でコップを取るまねをした。
「そうか、お前左利きだったのか。それは運がよかったな。」
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