第166話 介入
文字数 2,213文字
昼下がり、ヨーレンは一人で野営地そばの草原を歩いている。その先にあるのは大きな石の塊だった。
巨石の傍までヨーレンは近づくと注意深く観察する。そしてその表面に向けて手をかざすと手の平はぼんやりとした光を放ち始めた。ヨーレンはかざした手をそのままに巨石の外周を回るように歩く。台座のような形をした巨石を一周し終えると手を制止させたままつぶやいた。
「よし、これならいけそうだ」
それから今度はかざした手を目指す地点へと滑らせていく。そしてヨーレンは誰にも聞こえない小さな声で言葉を紡いだ。すると手の平の光は強まりを見せ、巨石の表面へと押し付ける。光は弾け手が離されると触れたところには円形を基本にした幾何学模様が刻まれていた。
ヨーレンは一連の行為を巨石の周囲で何度か行う。そして一周して戻ってきたころ開けた草原の端へ集まる一団が目に入った。遠目に見える限り、数人が何かを取り囲んでいる。ヨーレンは一度目線を外してもう一度巨石に向き直ると石肌にまた模様を刻んだ。
「これで十分だろう・・・さて」
ヨーレンは振り返り先ほど見ていた集団を眺める。そのころには取り囲んでいた人が離れると、その中心にいたのは白い鎧を全身に身にまとった騎士だった。
「あれは・・・ユウトか」
周りの男たちと比べて小柄な体躯に不釣り合いな大剣を持つ白い騎士は数歩進んで一団から離れる。背中の鮮やかな赤いマントがたなびいた。
流れるような動作で持っていた大剣の柄を両手で握り、腰を落として戦闘態勢を取る白騎士。次の瞬間、その場に草と土が吹き上がるように飛び散った。
すでにそこには白騎士の姿はない。低く遠く、草原の斜面をなめるように跳んでいた。
しかしそう見えるのは一瞬のことですぐに脚を地面にめり込ませ急激な制動を駆ける。勢いは大剣に載り横一線に振られた。
振られた大剣の勢いは止まらない。弧を描く大剣の軌跡はその場で二の太刀、三の太刀へと連撃につながった。
白騎士はその連撃に満足することなく間を置かずにまた跳ぶ。今度は短く連続で左右に身体を振り分けながら前進していった。
その動作と動作の間にも剣戟は差し込まれている。身につけられている赤いマントはマントは制止することが許されずはためき続けた。
白騎士の演武は続く。それまで前方のみだった剣戟が左右前後と振り分け始められ、まるで一人で舞を踊るように飛び跳ね、剣がきらめいた。
ヨーレンはただじっとその舞に釘付けとなっている。そこへ近づいてくる人影があった。
「なかなかいい動きをするようだな」
声を掛けられヨーレンは近づいてくる人物の方へと身体を向ける。
「工房長。もしやあの鎧は?」
「ガラルドの鎧をユウト用にしつらえ直した。何とか間に合いそうだ」
ふん、と息を漏らしながらマレイの視線はユウトの方へ向けられ、ヨーレンにある程度近づいて立ち止まった。
「しつらえ直さずとも新規にユウト専用に鎧を制作した方が確実だったのではないですか?どうしてわざわざ?」
「完璧な実用性を追求するならその方がいいだろうな。ただ・・・」
マレイは厳しく品質確認を行う険しい眼差しで動き続けるユウトを捉えるづけている。
「ユウトには英雄になってもらわなければならない。英雄にはそれ相応の身なりというものがあるだろう。私の設計でそれに適うものはガラルドとレイノスの鎧しかなった」
「・・・華美な鎧の制作が面倒だった、というわけですか」
ヨーレンはぼそっとつぶやいた。
「んんッ?」
その声が聞こえたのかマレイは呻るような声を上げながらヨーレンを睨み上げる。
「ははははいやいや、冗談です」
マレイの呻りに間髪入れずヨーレンは焦る笑顔で応答した。
「ふんっ。まぁいい・・・」
マレイがもう一度ユウトに目を移すとユウトの演武はひと段落し、突いた大剣を戻して構え直し制止する。そして構えを解いて一団の元へとゆったり戻っていくところだった。
「それにしても、ようやくここにきて前線に出る気になったようだな。妹のおかげか?」
そう言いながらマレイは目を細めながら意地悪な笑顔でヨーレンに目線を送る。
「ええ。誰からなんと言われようと、できることをやっておけば後悔はないでしょう?そう決心がついたんです」
ヨーレンはユウトを見ながら温和に笑った。
ユウトは男たちに成すがまま大の字になって全身の鎧を調べられている。大剣の様子を観察するモリードにデイタス、ヴァルの姿もあった。
「あ、そう言えば」
ヨーレンはマレイに向き直る。
「中央から視察で派遣されてきた方はドゥーセン=マグワイト政務官なんですか?」
「ああ、その通りだ」
マレイは顔を渋くさせて腕を組んでヨーレンに答えた。
「驚きです。よく中央都市から出ることが許可されましたね」
「本人たっての希望だそうだ。当然、中央は揉めに揉めただろう。そのせいで護衛をすることになった調査騎士団の到着は遅れ、鎧の運搬にも影響がでた。まったく迷惑なことだ」
「中央政界きっての切れ者とも聞いていますが・・・かなり大胆なことをしますね。魔術枷を装着されているんでしょう?」
「もちろんだ。その割り切りの良さがまったく面倒だよ」
そう言ってマレイは大きく息を吐く。
「完璧な予測はできないものですね」
ヨーレンはにっこりと笑ってマレイに語った。
マレイはフンと鼻息を漏らしてユウト達の方へと歩きだす。ヨーレンもその後ろ姿を追って歩き始めた。
巨石の傍までヨーレンは近づくと注意深く観察する。そしてその表面に向けて手をかざすと手の平はぼんやりとした光を放ち始めた。ヨーレンはかざした手をそのままに巨石の外周を回るように歩く。台座のような形をした巨石を一周し終えると手を制止させたままつぶやいた。
「よし、これならいけそうだ」
それから今度はかざした手を目指す地点へと滑らせていく。そしてヨーレンは誰にも聞こえない小さな声で言葉を紡いだ。すると手の平の光は強まりを見せ、巨石の表面へと押し付ける。光は弾け手が離されると触れたところには円形を基本にした幾何学模様が刻まれていた。
ヨーレンは一連の行為を巨石の周囲で何度か行う。そして一周して戻ってきたころ開けた草原の端へ集まる一団が目に入った。遠目に見える限り、数人が何かを取り囲んでいる。ヨーレンは一度目線を外してもう一度巨石に向き直ると石肌にまた模様を刻んだ。
「これで十分だろう・・・さて」
ヨーレンは振り返り先ほど見ていた集団を眺める。そのころには取り囲んでいた人が離れると、その中心にいたのは白い鎧を全身に身にまとった騎士だった。
「あれは・・・ユウトか」
周りの男たちと比べて小柄な体躯に不釣り合いな大剣を持つ白い騎士は数歩進んで一団から離れる。背中の鮮やかな赤いマントがたなびいた。
流れるような動作で持っていた大剣の柄を両手で握り、腰を落として戦闘態勢を取る白騎士。次の瞬間、その場に草と土が吹き上がるように飛び散った。
すでにそこには白騎士の姿はない。低く遠く、草原の斜面をなめるように跳んでいた。
しかしそう見えるのは一瞬のことですぐに脚を地面にめり込ませ急激な制動を駆ける。勢いは大剣に載り横一線に振られた。
振られた大剣の勢いは止まらない。弧を描く大剣の軌跡はその場で二の太刀、三の太刀へと連撃につながった。
白騎士はその連撃に満足することなく間を置かずにまた跳ぶ。今度は短く連続で左右に身体を振り分けながら前進していった。
その動作と動作の間にも剣戟は差し込まれている。身につけられている赤いマントはマントは制止することが許されずはためき続けた。
白騎士の演武は続く。それまで前方のみだった剣戟が左右前後と振り分け始められ、まるで一人で舞を踊るように飛び跳ね、剣がきらめいた。
ヨーレンはただじっとその舞に釘付けとなっている。そこへ近づいてくる人影があった。
「なかなかいい動きをするようだな」
声を掛けられヨーレンは近づいてくる人物の方へと身体を向ける。
「工房長。もしやあの鎧は?」
「ガラルドの鎧をユウト用にしつらえ直した。何とか間に合いそうだ」
ふん、と息を漏らしながらマレイの視線はユウトの方へ向けられ、ヨーレンにある程度近づいて立ち止まった。
「しつらえ直さずとも新規にユウト専用に鎧を制作した方が確実だったのではないですか?どうしてわざわざ?」
「完璧な実用性を追求するならその方がいいだろうな。ただ・・・」
マレイは厳しく品質確認を行う険しい眼差しで動き続けるユウトを捉えるづけている。
「ユウトには英雄になってもらわなければならない。英雄にはそれ相応の身なりというものがあるだろう。私の設計でそれに適うものはガラルドとレイノスの鎧しかなった」
「・・・華美な鎧の制作が面倒だった、というわけですか」
ヨーレンはぼそっとつぶやいた。
「んんッ?」
その声が聞こえたのかマレイは呻るような声を上げながらヨーレンを睨み上げる。
「ははははいやいや、冗談です」
マレイの呻りに間髪入れずヨーレンは焦る笑顔で応答した。
「ふんっ。まぁいい・・・」
マレイがもう一度ユウトに目を移すとユウトの演武はひと段落し、突いた大剣を戻して構え直し制止する。そして構えを解いて一団の元へとゆったり戻っていくところだった。
「それにしても、ようやくここにきて前線に出る気になったようだな。妹のおかげか?」
そう言いながらマレイは目を細めながら意地悪な笑顔でヨーレンに目線を送る。
「ええ。誰からなんと言われようと、できることをやっておけば後悔はないでしょう?そう決心がついたんです」
ヨーレンはユウトを見ながら温和に笑った。
ユウトは男たちに成すがまま大の字になって全身の鎧を調べられている。大剣の様子を観察するモリードにデイタス、ヴァルの姿もあった。
「あ、そう言えば」
ヨーレンはマレイに向き直る。
「中央から視察で派遣されてきた方はドゥーセン=マグワイト政務官なんですか?」
「ああ、その通りだ」
マレイは顔を渋くさせて腕を組んでヨーレンに答えた。
「驚きです。よく中央都市から出ることが許可されましたね」
「本人たっての希望だそうだ。当然、中央は揉めに揉めただろう。そのせいで護衛をすることになった調査騎士団の到着は遅れ、鎧の運搬にも影響がでた。まったく迷惑なことだ」
「中央政界きっての切れ者とも聞いていますが・・・かなり大胆なことをしますね。魔術枷を装着されているんでしょう?」
「もちろんだ。その割り切りの良さがまったく面倒だよ」
そう言ってマレイは大きく息を吐く。
「完璧な予測はできないものですね」
ヨーレンはにっこりと笑ってマレイに語った。
マレイはフンと鼻息を漏らしてユウト達の方へと歩きだす。ヨーレンもその後ろ姿を追って歩き始めた。