1.

文字数 1,206文字

 六年経った今、いまさら何を語るのが許されるのだろうか。
 女の死は、私にとって、衝撃的ではあっても劇的ではなかった。女の存在は、出会いから別れまで定まることはなかった。女は、友達でなければ、恋心を覚えることも互いに決してなく、女はただの女であり、それ以上の存在になることはなかった。それでも女の存在は私の心の片割れのように重要であり、それを失うことは自分の一部を失うに等しいほど大切な存在であった。
あの星で起きた脱出劇は果敢であっただろうか、悲劇的であっただろうか、はたまた、美しかっただろうか。いや、あの脱出劇の最中で見た人々の結末はどれも最初から決まっていたものであり、私も含めた彼ら役者は用意された台本にひたすら従うように行動していただけだった。それでも、色あせた日々の中で演じられたあの脱出劇は英雄的に飾ることができてしまうほど眩しくて、悲劇の主人公のように演じることのできた私たちは、その余韻にしばらく酔いしれながら旅を続けた。
 今振り返っても、あの星の住人は役者のようだった。
 家主さんが見せたあの涕泣は彼女が過去と決別するために用意された涙であり、あの浮浪者が銃に撃たれて死んだのは彼が死と孤独を愛するためで、ヒッチたちがその命を燃やしたのは死してもなお輝きたかったからだ。だが、女だけは違っていた。女はヒッチたちと同じように死ぬ運命だった。そしてそれを、女は望んでいた。それを私がおこがましいことに、強引にも回避させてしまったのだ。女はしきりに「違う」と言ってくれた。だが、その言葉が本当だったのか、いまとなっても知る由もない。
 私は、あのSAMと呼ばれた男に忠告されたように、終わりのないハイウェイを走っていた。そして、僅かに残った燃料も尽きようとしている。その前にこの道を抜け出さなければ、取り返しのつかないことになるだろう。けれどもその方法を私は知らずにいて、誰も教えてくれることはなかった。神を失い、社会からも見捨てられ、崇高な思想も持ち合わせない私が、一体どのようにして見つければいいのか……。
 横には大量の睡眠薬がある。そしてその横には、今にも消えてしまいそう青く光る石がある。
 どちらを手にすることになるのか、私にはまだわからない。せめて、女の生きた証をこの世に残さなくては。私は、カセットテープを用意してスイッチを押した。彼女と過ごしたささやかな時間を遡るために。結局は、あの浮浪者と私は、いや、私たちは何も変わらないのかもしれない。彼が死の寸前に残した叫び声のように、私もまた、この世になんとか生きた証を残そうとしているだけだった。
 窓の外を見ると、純白の雪が降っていた。女が意味もなく死んだ日と同じだ。灰色の地面を白く覆った雪が融け落ちてしまう前に、この証を早く残さなくては。
 僅かに残された時間から逃げるように、もう一つの人生を生きるために、私は、ゆっくりと口を開いた。
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