蒼玉編◆第3話
文字数 2,726文字
ちゃんと、厄介になっていたあの家のベッドで寝ていたはずなんだ。
なのに、起こされてみたら、見知らぬ土地の道路の真ん中で寝入っていた、という。
これでも忍耐したつもりだ。妙齢の御婦人が――聞けば、婚約を前提にした見合いが待っているという、目の前に居たのだから。
ん? そんな話を
弁明すればするほど怪しまれるこの状況。
実際に話してみて、駄目だ、こりゃ! っぽい感触しか掴めなかった。
脱走する算段を立てた方が早い。そんな結論に至りかけた所へ、さらなる混乱がやって来た――わけだ。
最初に乱入してきたのが、婚約者。家同士が納得して取り決めたという、正統な相手。
その後ろにくっついて来た、花も実も
最後の、おまけみたいなタイミングで入室したのがエリアルド嬢の両親――領主夫妻ってわけだ。
そして。
なぜかって?
居たからだよ。オライオン=グルンガルド、とかいう婚約者の頭に。
なんでかは聞くなよ? 知りたいのは俺の方だからな。
俺様に面倒事を押し付けてとんずらこいたはずの、糞親父様が、乗っかってやがったんだよ!!
ちなみに、俺以外に糞親父が見える誰かはいないらしい。
俺がやるべきはと言えば――。
「……それじゃあ、俺はこれで」
さっさと、とんずらをかますことだった。
だって、厄介事確定だろ? この状況。ただ居合わせただけの他人に出来ることなんて――何も無いじゃないか。……そもそも、俺はバカンスに来たはず、なんだけどなあ……。
「どちら様かな?」
エリアルド嬢の両親からのにこやかな、しかし、完全な尋問。その場の全員から刺殺されそうな視線を
「美しくもお優しいエリアルドお嬢様から、幸運にも厚意を授かりました行き倒れAですよ。
うむ。我ながら完璧な口上。馬の骨が厄介事に首を突っ込んだところで、無駄だからな。
料理番とやらは、上手くやりやがって――と、目の色で語っていた。
が。
「まあまあ、そんな
げっ!! 厄介事の核心に位置しているはずのエリアルド嬢に引き止められてしまった……。
何考えてんのかね、こいつ。まあ、絶対に逃がさん! という怨念……もとい、執念っぽい気迫は伝わって来るんだけれども。
行きずりの他人を引き込んだところで、どうにもなりませんよ? 大混乱真っただ中の修羅場ですし、元より、修羅場には無関係ですからね、
「……ああ! そうですね。とてもではないが、旅姿にも見えませんね」
自分で
糞親父の余計な差し出口に内心で舌打ちして。
「しかし、今はお身内の揉め事を解決なさるべきでしょうな」
「――――!!」
気まずい沈黙を口実にさっさと席を立つ。そして、婚約者殿とのすれ違い
……流れ(?)上、婚約者達が入ってきた方に進んでしまったが、館の造りなんて、知らなかったんだよな。まあ、糞親父を
「――おい」
人の気配が途切れた、かつ、接近に気付きやすい廊下の壁際で、
「御挨拶だな、糞餓鬼!」
肉声……ってことは、幻影か。話をしてやってもいいから、掴まれてやった――そんな所だろう。
「御挨拶はそっちだろうが!
「……あん?」
こんな所ですっ
「……ただ寝てただけで、どうしておかしな所に飛ばされてんだよ!!」
「……そいつぁ、ご
かなり真剣に聞き返されて、俺の方が戸惑った。
「――は?」
しかし、アホ親父は俺に見切りをつけて、さっさと掌から消えてしまう。……いまさら逃げても、
そして。
腹を立てて後を追おうとした足元に――金属製の何かが転がり落ちる、涼やかな音が響いた。
腕輪だ。あの、やたら見事な
「――あら、まあ。なんて見事な……!」
「!!」
エリアルド嬢だった。……接近に気付き損ねるとは……。
「はい、落とし物です」
「……どうも。お話は、お済ですか?」
聞くべきを聞く。
ちなみに、
彼女に浮かんだのは――芯を感じさせる
(こりゃ、もう決着したか……?)
「もうしばらく、揉めるかもしれません」
意味深に濁したが、エリアルド嬢の心は固まっている。揉めようなど、あるまい。婚約者と許嫁、どちらを選ぶのかはどうでもいいかな。
「今晩のお部屋、ご案内しますね」
「――げっ」
露骨に嫌な顔をして見せた。
「……ああ、それとも。牢屋の冷たい石床がお好きでしたか?」
ぐうの音も出ない、見事な択一で反撃が来る。
……追い出すだけにしとけよ。揉め事を利用して
そして、澄まし顔のエリアルドが背を向けた瞬間。
「――――」
直感した。
彼女だ。この時の為に、俺は此処に送り込まれたのだ――と。つまり、エリアルド嬢が腕輪の所有者となる人物――。
赤と青。どちらを選ぶのか。
まさかとは思うが、両方を持って行く可能性も――、まあ、可能性だよな。糞親父はわざわざ対になるように作った。それを考えれば……。
とりあえず、俺の当面の予定は定まってしまった。
「…………」
仕方がない。そんなため息を演出して、俺は彼女の後を付いて行った。
迷子だったかもしれない可能性に気付いたのは……晩、ベッドの中で、だった。